陛下に捧げる三月兎の行進曲 c/w サド侯爵と俺

□§2 第2夜−1 Side鼓
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Side(鼓)
 朝になって、目が覚めたら、一人だった。
 迎えに来たナジャルさんは、〈陛下〉から何を聞いたのか、ちょっとヒくほどの大喜びで。うわー、なんか。ちょっと、罪悪感……
「昼間用にね、一室用意しといたから。もう一人のコは、たぶん先に待ってるハズ」
(そうだ、笙……どうしてたかな)
 ナジャルさんが案内してくれた部屋を開けると、中では、ボロボロになったスーツを体に巻きつけた笙が、ベッドで、爆睡していた。
「うわ、笙……どうしたの、それ!」
 よく見ると、ちょっとケガもしてるっぽい。血もついてるし……!
「……あぁ……鼓……」
 寝起きの悪い笙は、ベッドに起き上がって、しばらくぼんやりしている。
「あちゃー。ひょっとして、フリュゥ侯爵と、なんか、揉めました? あの人、悪い人じゃないんだけど、ものっすごい短気だからー」
 悪い人じゃない、人と、ちょっとモめた、くらいで……こんな血を見るか?
「手当てしなきゃ──薬とか、なんか……あと、着るもの。貸してもらえない?」
「はいはい。何なりとお申し付けください。ツヅミくんはもう、陛下の賓客扱いだから」
 ちょっと待っててねー、と出ていくナジャルさん見送って、笙を、軽くゆさぶる。
「笙──笙! 大丈夫? どっか痛い?」
「ん……めっちゃ痛い……」
「痛いの!? どこ、頭? 血は止まってる感じだけど。他にも、どっかケガ、してる?」
 なおもしばらく、ぼんやりしてから。笙は、はっとしたふうに、オレを見て。
「鼓! お前、大丈夫? 何そのデコの──」
「いやいやいや、大丈夫じゃないのは笙でしょ。痛いって、どこが痛いの? 今薬とか、持ってきてもらってるから……」
「え。──えぇと。痛く、ない。どこも痛くないよ」
 なんとなく、目をそらされた気がしたのは、なんで?
「さっき痛いって言ったよ。なんで隠すの」
「──ちょっと間違えた。ほんとは痛くない」
「もー、なにソレ。あのおっかない人に何かされたんじゃないの?」
 聞くと、笙は、ぎゅっと不機嫌なカオになって。何でもねぇって言ってるだろ、とか、言う。こうなっちゃったらもう、ほんと頑固だから。腹たつけど、しょうがない。
「お前のほうは? 平気だったの、その──なんだ。陛下、とか、なんとかいう」
「あ。うん。なんかね、すっごいキラキラの──わ」
 パタン、とドアが開いて。おまたせしましたー、と、山のような荷物を抱えたナジャルさんが入ってくるから、慌てて言葉を切る。
「えっと……そう、すごくいい感じで。惜しいトコまで行ったんだけど、夜が明けちゃったからさぁ。時間切れで」
「──何の話?」
「あ、夜伽の話でしょ? いやー、陛下もいつになく御機嫌で。自分から同じ相手を指名されるなんて前代未聞だから、宮廷中色めきたっちゃってますよー」
 笙のカオ! 違う、違います、誤解誤解!
「──いい感じって……何、鼓?」
「いや、ええと、それは、だから……」
「うわ、あれ? ひょっとして、お二人ってそうなの? 番なの?」
「違ぇよ、バーカ。お前らの頭ン中ってソレしかないわけ?」
「ちょっと、笙、口悪すぎない?」
 せっかく服とか持ってきてくれたのに、って、オロオロするけど。
「や、いーんですいーんです。ツヅミさんのお友達は、国民のお友達だから。でも、あーそっか、すっごい変わった国から来たんですもんねー。陛下もびっくりされてたけど、 同じエリアに、女性も一緒に暮らしてるって、ほんとーですか?」
「あ、はい。変わってはないと思うけど……」
「で、番は、男女間で組むの? ほんとに?」
「はあ、まあ、一般的には?」
「うわー。それって、生殖以外でも? ちょっとした恋愛とか、アバンチュールも?」
 アバンチュール……?
「同性同士でも、なくはないけど。数的には、やっぱ、男女間が、圧倒的に多いと」
 へー、と、あんまり納得のいかない風で。
「じゃあ、お二人も、普段は女性と番うわけですか……ツヅミくんも?」
「ああ、まあ、うん。オレは背もちっこいし、あんまモテないけど。笙はモテモテで。ね?」
 御機嫌をとろうと、ちょっと持ち上げてみるけど、笙ってば、返事もしないや。
「じゃーね、えーと。下世話な質問でアレですが……男と付き合わない、ということは。ひょっとして、処貞(バージン)……だったりとか?」
「……ん、んんと……どういう、意味……?」
「あー、だから。後ろのほうの経験? なかったりとか。します?」
 うわー!
「ないないない。あるわけないでしょ」
「わー! すごいな。化石みたいだ」
 ──化石!?
「こっちじゃまず見ないなー、成人してて処貞とか。陛下くらいのもんじゃないかな」
「嘘でしょ?」
「いや、ほんとほんと。だいたい子供の頃に、最初につきあった相手にあげちゃうから」
「子供の頃って……犯罪じゃん、それ!」
「いやいや、犯罪とかはないです。その辺は厳しいの、一応」
 厳しいとかその、定義がわかんないよ。
「だって野放しにしちゃうと、力強いもん勝ちになっちゃうでしょー。まー、大人同士だと、多少そういう部分もあっちゃうんだけど、でも、さすがに小さい子にそういうの、まずいからー。特に、処貞喪失(ロストバージン)の相手はね、自分で選べる建て前になっててー」
「た、建て前って……」
「うん、まー、すごい若い頃ですからー。たいていだまくらかされて、イエスと言わされちゃうっていうかねー。でも、その分、承諾得ないでやっちゃうのは、本気でタブーなわけですよ。庶民階級なら、即、死罪?」
 死罪?って、半疑問で軽く言われても。
「罰にも、階級差があるの?」
「まー、宮廷に上がってるくらいのレベルになると、DNA自体が貴重だからー、めったなことで殺されたりとか、牢屋入れられたりとかはないですけどー。〈呼び出し〉来たときに対応できなくなっちゃうでしょー」
「──ああ……なるほど……」
「だから、死刑とかはないけどー。子供に悪いことしたり、処貞のコ奪ったりするのとかは、すごく忌み嫌われるからー。そこはほら、名誉の問題、ってゆーか、そういう」
「はあ。──なんか、異文化の壁が高すぎて、よくわかんないね、笙?」
 うわ、なんか笙、超不機嫌……!?
(昔から下ネタとか嫌いだもんな……)
 そんなもんで安易に笑いを取りにいくな!って、よく叱られたっけ。
「いやあ、でも。ほんと陛下のこと、なんとかよろしくお願いしますね、ツヅミくん!」
「ああ……はい、ええと──ガンバリマス」
 がんばりますって、何をがんばると思われているのかしら、オレ。恥ずかしくて、耳が顔から取れそうです……。
 じゃあまた、日が落ちるころ迎えに来まーす、って、明るい声で言って。ナジャルさんは、竜巻のように去っていく。
「……うるせぇ奴……」
 笙は、ぽつんと呟いて。ナジャルさんの抱えてきた荷物から、着られそうな服をさがしはじめる。あ、そうだ、このままじゃ笙にまで誤解されちゃう。
「あのね、笙……さっきの、アレはさ」
「──着替えるから。そっち向いてて」
 なんか、ちょっと、冷たい感じで言われて。うん、ごめん、って、しょんぼり窓の方を向くけど。なんか、ちょっと、おかしくない?
(いっつも着替えなんか一緒にしてるのに)
「ねえ、笙、やっぱ何かあっ……」
 たんでしょ、と、言う前に。着替えている笙の腹の、赤い傷のあとに、息が止まる。
「笙……それ、どうしたの。うわ──ずっと、上のほうまで!」
 笙は答えずに、するりと、木綿地の丸首シャツのようなものをかぶり。無言のまま、腰の部分を紐で縛る、ぶかぶかのサルエルみたいなズボンを、はいた。
「なんか、すーすーすんな」
「──似合ってるけど」
 いや、そんなことを言ってる場合じゃない。
「ほんと、どうしたの──その、それ、剣の傷じゃない? スーツもボロボロで。まさかあの、怖い人に、斬りつけられたんじゃ……」
 ガチャン、と。無愛想な音を立ててドアが開いて、飛び上がる。ノックという習慣はないわけなの、この国には!?
 きゅ、っと。笙が、笙じゃないみたいな怖い顔をするから。振り返ると、──噂をすればの、おっかないお兄さんが、立っている。
(うわ──何、この空気)
 動いたら、感電しそうなピリピリ感。やっぱ、絶対、笙ってば。
(ケンカした……)
 正面から笙を見つめていた、ナントカ侯爵の視線が、オレのほうに、降りてくる。──怖い、ん、ですけど……。
「陛下の、お気に召したというのは、本当か」
 笙が、すっと、移動して。かばうように、オレの前に立つ。何だろう、笙、どうしちゃったの??

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