陛下に捧げる三月兎の行進曲 c/w サド侯爵と俺

□§1 第1夜−5 Side笙
1ページ/1ページ

Side(笙)
「やめろ……この、ど変態!」
 わめいても、呪縛がとけるわけもなく。
「抗うのは勝手だが、気をつけろよ。お前が逆らうほど魔力も強くなる──力が尽きた瞬間に、己で握りつぶすことになるぞ」
 悔しいけど、それは──怖い。けど。力を抜くと、俺の左手は、他人の前でしてはいけない行為を、自動的にくり返す。つうか。こんな状況でも、擦ると、普通に勃っちまうとか……人体って、不思議すぎる。
(普段、左手使わないのにな……)
 〈侯爵〉は、床から剣を拾って、腰の鞘に納め、冷ややかな目を、俺の自慰に、戻す。
「こっち見んなよ!」
「陛下の安全のために、身体の機能を確認したいだけだ。諦めて早く済ませろ」
「────っ絶対ぇ、ヤだ!」
 誰がてめぇなんかの目の前でイくか!
「ケダモノにも、羞恥心はあるか。……それとも、番の片割れに、操立てのつもりかな」
 ああ、こいつ、死ぬほど感じ悪い。俺の正面に椅子を引き寄せて、座りやがる。
「時間をかけたいというのなら、いつまででもそうしていろ。私は構わん」
 テーブルから酒らしい壺を手にとった、その仕草で。気づかなくても良かったことに、俺は気づいてしまう。
(こいつ……左利き……)
 その意味が、ゆっくりと脳に染みる。──俺の手、俺の指。使うのは馴染んだ俺の身体で。だけど、これは。こいつの、動きだ。この男は、自分では指先一つ触れずに、俺を弄る。何故なら、俺は、こいつにとって。
(人間じゃないから。ケダモノ、だから)
「ほんと……あんた、嫌いだ……」
「私も、異世界の獣は、好きではない」
 自分が。こんなに誰かを嫌いになれると、知らなかった。
「鼓にも、酷いこと、してんだったら……ほんとに、殺してやる……からな」
 ガチャン、と。頭すれすれに、酒の壺が飛んで来て。割れた。酒と破片が降ってくる。
「良く喋るケモノだな。その程度の魔力ではもの足りないか」
 酒まみれで、びしょぬれで、オナニー、させられてるとか。もう、充分惨めだが。こいつが近づいて来ても、俺は、うつむかない。悪いこと、してるのは、俺じゃない。 
 我慢比べのように、互いに目をそらさないまま、近づいて──近づきすぎて、視界がぼやける。いつのまにか重ねられていた唇が、重なったまま、何か呟く。その息が、身体に、入ってきて──熱い。
 〈侯爵〉は、すっと俺から離れて。嫌そうな顔をして、口元を拭う。……え? 何?
(キス、された。このいけすかない男に!)
「──ケダモノごときには、過ぎた魔法だな」
 ぽつりと、呟くのを聞いた、瞬間。
 ガクン、と、ありえないほどの衝撃が、脳に抜ける。自分の左手が、自分に与えている、快楽が。何倍にも、増幅される。もう──
「…………あ…………!」
 喉の奥から声が漏れるのを、止められない。
 自分の、指が。俺の先端を、裏側を、執拗に弄る。そうして、俺が声を上げるたび、俺の身体を、理解していく。感じる場所を、探りあてていく。
「……やめろ、ほんとに、マジで……!」
 こんな、相手に、懇願するのは、本当に、辛いけど。
「頼むから……やめ、て……」
 あいにく、と。〈侯爵〉は、冷ややかに言う。
「ケモノの頼みを聞く耳も持たぬな。ケモノは、ケモノらしく、素直に果てて終われ」
(ほんとに、もう……限界)
 動物の交尾でも眺めるような、無表情に微かな嫌悪感すら乗せた視線を、痛いほど、感じていたのに。俺は。
 言われる、ままに、のけぞって、果てる。
(畜生……!)
 俺の放出を確認してから、汚いものでも見たように〈侯爵〉が目を逸らすと。身体を拘束していた力が消えて、俺はそのままガクンと、床に崩れ落ちる。
「言うほどの慎みもないようだな」
 ──異世界、とか。ケダモノ、とか。
「なんで、こんなマネができんの?──俺だって、人間、だよ……?」
「それは、どうかな。確かに、以前の連中に比べれば、多少我々に似てはいるが」
 以前の連中って、何だ?
「それはただ、羽根が生えていたり、肌が緑だったりしないというだけのこと。本当に陛下に、害がないかどうかは──」
(──害が、ないかどうか?)
 そんな、ことのために。
「その、陛下サマがこういうことさせてるわけかよ。鼓とヤりたいからって? 鼓とか、あと、そういう……羽根が生えてたりとか、緑だったりとかの連中とも──」
 〈公爵〉の拳が。俺の顎に当たる、けど。
「どっちがケダモノだよ。種族選ばずの、誰とでも何とでもシたい放題で?」
 髪を、つかまれて。それだけで、地面から身体が浮くほど、持ち上げられる。
「死にたく、なければ。二度とその獣の口に、陛下の名を上らせるな」
 ──こいつ、ひょっとして。
「……その人に、惚れてんの?」
 ガン、と。こめかみのあたりを、壁に打ち付けられて。痛みに、気が遠くなる。
「ケダモノの──下劣な尺度で人を測るな」
 もう一度、持ち上げられた頭の横で、〈侯爵〉がささやく。
「こんな状況でなければ、きさまら異界の獣どもなど、陛下の御前に上げるも汚らわしい」
 物騒な気配が──魔法とかじゃない、単純な暴力の気配が、する。髪をつかんでいないほうの手が、俺の顎をすべりおり、胸と腹を撫でおろし、脚を。開かせて。身動きも、ままならないうちに、犬のように這わされていた。後ろから、男の体重が、かかる。
「お前は、あれと番だと言ったな」
 まだ俺のこと、鼓の恋人だと。
「獣風情でも、操は守りたいか。……守りたい、ものなら」
 汚してやろう、と、言って。次にささやいたのは、俺の知らない言語だった。
「やめ──絶対、絶対、ヤ……だ……!」
 今度こそ、渾身の力で、あらがおうとするけど──びくともしない。後ろから、腰を抑えられて、何か、熱いものが、肌に触れる。
(──怖い)
「ほんとに──やめ、てよ……ヤだよ……」
 もう、言葉は聞こえてこない。ただ、ぐっと、熱さと、硬さと、圧力が。俺の後ろから、俺の中に。無理に、入ってこようと、する。
「やめて、ほんと、ムリ、だから──!」
 恥ずかしいとか、悔しいとかは。あっという間に、通りすぎていた。もう、ただ、ひたすらに。──怖い、そして、決定的に。
「い──痛い、痛いって! 待って、待って、待てってば、バカ!!」
 待てと言って待ってもらえるわけもない──と、微かに思ってはいたのだが。
 ピタリと。半ば挿入した状態で、〈侯爵〉の動きが止まる。それはそれで……痛いし。
「──キツいな……」
 うぁあ、もう、ムリヤリ犯しといて!
「あたりまえだろ! 抜いて、マジで……ほんと、ムリだから……」
 すっと。意外なほど素直に、アレが抜ける感じがして。自由になった身体を、ペタンと床につける。……うわ、まだ、じんじんする。痛くて、涙出そう。
「お前…処貞(はじめて)、か……?」
「──────何、言ってんの……」
 痛みが引いたら、思いっきり罵ってやろうと、思うのに。なんか、本気で驚いたカオ、されてるから。毒気ぬける……。
「何なのもう……あんたらみたいな淫乱と一緒にすんなよ……こんな痛いこと、したことあるわけ」
 ねぇだろ、と、言う前に、〈侯爵〉は。ガタンと、飛びすさる、くらいの勢いで、俺から離れて。しばらく、呆然と俺を眺めたあげく、慌てて身づくろいして。そのまま……出て行って、しまった。
(────何なの、マジで……?)
 あぁあ、もう、ほんとにさんざんだ! さんざん、だけど。とりあえず。
「──生きてる……」
 鼓は大丈夫かな、と、ほんのちょっと頭をかすめたけど。ものすごく怖かった、反動で、気が抜けて、もしくは、気を失って。すっぱだかのまま、俺は、その場で、眠り込んで、しまった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ