陛下に捧げる三月兎の行進曲 c/w サド侯爵と俺

□§1 第1夜−4 Side鼓
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Side(鼓)
「へぇえ! じゃあ、国じゅうに女の人、一人もいないんだ」
 びっくり。ここへ来てから、一番びっくり情報かも、それ!
「ツヅミは、女性を見たこと、あるんですか」
「う、うん。っていうか、まあ、人口の半分くらい女だし。え?〈陛下〉、ひょっとして見たこともないの、女の人!?」
 私はまだ、成人前なので、とか、恥ずかしそうに目を伏せられて。えぇ? 意味わかんないや。
「まあ、私の場合は……成人していないことだけが問題なのでは、ないのですが」
「──成人すると、女のコに会えるの? そういうシステム??」
 謎だ、と思っていると。向うもたいへんに不思議そうな顔で。
「ずっと女性と同じ環境で暮らして……番(つが)う相手は、どうやって決めるんですか?」
 …………ツガウ??
「──結婚相手、って、こと?」
「? ごめんなさい、聞き取れない」
 っていう、ことは?
「え?〈結婚〉?〈結婚〉っていう、コトバが、ないとか!?」
「そうみたいです」
 マジで? ええ、じゃあ、何?
「番う、って……セ、セックス、の、こと?」
「ああ、そう。それのようです」
 にこん、と。おフランス人形のような、ものすごく上品な小さな顔が、笑う。うわぁ。
「ええと、参考までに? こっちでは、その、どうやって、相手を、決めるのかな……?」
 〈呼び出されます〉
 と。〈陛下〉は、言った。
「私たち、身体的には、とても似てるのに、文化はすごく違うみたいですね。面白いな」
「呼び出される……って、何?」
「子孫が、きちんと多様化するように──ええと、DNA、は、翻訳されるかな……?」
「ああ、うん、それは、わかる」
 文系だから、おおよそ、だけど。
「良かった。生まれた時に、それが登録されて。どの男女の組み合わせだと、どういう子供が生まれるか、チェックされて、成人すると──人によって頻度が違いますが、〈呼び出し〉が来ます。呼び出されると、国外の施設に出向いて、担当の女性と、番う」
「って、初めましての相手と!?」
 いや、驚くとこそこじゃなかったかも。
「ええと、それ、ヤバくない? 選民思想とか、そういう──」
 あははは、って、すごく面白い言葉を聞いたみたいに、〈陛下〉は笑った。
「古い言葉を知ってますね、ツヅミは。そういう、知能とか、身体能力で産児制限をしようとした時代も、過去にはあったと聞いていますが。大昔の話ですよ」
「ああ……そういうヤツじゃないんだ……」
「そういう類の負荷をかけると、数世代後に人口が激減するリスクがあるんだそうです。おそらくそういう過ちをくり返して、我々はもう、種を残すためにギリギリの数の個体しか、残っていない」
 なんか、ちょっと、難しくなってきたから。あとで笙に聞いてみよう、と思う。
「今は、残された人口で、どれだけ次世代に多様化した遺伝子を残せるかで、〈呼び出し〉が決定すると聞いています。どういう基準で選ばれるのかは、私にはわからないけれど──そのおかげで、そんなものを被せられて」
 と。〈陛下〉の視線の先をたどると、枕元に、無造作に冠が投げ出されていた。
「……? どういう意味?」
「この国で、一番多くの女性と番うべきとされている者、という、意味でしょう。綺麗な名で呼ばれ、特別扱いされて、かしずかれますが。要するに」
 種馬と、一緒です。と。〈陛下〉は、笑う。
「王様って……血筋とかじゃ、ないの?」
「──何、ですか。すみません、それも」
 聞き取れない、と言われて。愕然とする。血筋、っていう概念、ないとか、ある?
「つまり、えっと──前の王様は、〈陛下〉の、お父さんだったり、お兄さんだったり、とかは」
「さあ……わかりませんが。先王は在位が長くて、おそらく子孫もたくさん残されているでしょうから。可能性としては、低いんじゃないかと、思います」
 そうか、似てるDNAは、そんなに要らない、っていう、ことだから……。ええと、じゃあ、そうなると?
「いっぱい、セ……その、番う、っていうか、それをする人ほど、身分が高いっていうこと?」
「そうなりますね。──結局私は、そんな役にも、立たないわけですが」
「ああ……それで……」
 〈成人までに精通がないと、王位を返還しなければならない〉。
「なんか、大変だね……」
「そう。大変といえば、大変だけど。──馬鹿馬鹿しいでしょう?」
「──え……」
「私は、馬鹿馬鹿しいと思う。自分が国王じゃなかったら、正直、気にもしなかったのに」
 ああ、たぶん、この人。
(すごく、性欲薄い系……?)
「そのこと以外にも、もっと国のためにしなければならないこと、国民が困っていること、いくらでもあるんです。それを、いい大人が、それも一国の要職にある人たちが、よってたかって、勃つの勃たないのと」
 わ。なんか。ものすごく、綺麗な顔すぎて。無造作にそんな発言されちゃうと、ムダに、ドキドキする。男の子なのは、わかってるんだけど、ものすごく色、白いしな……うわっと、何考えてんですかオレ、変態ですか。っていうか、あれ?──おやおや?
「あの……立ち入ったことを、聞くみたいで、アレなんだけど」
「はい」
 にこにこにこっと、されてしまうと。すごく、聞きづらい、ですが。
「幼い頃から、いろいろされて……みたいなの、とか」
「?」
 でも、女の人、いないんだよね、この国。っていう、ことは?
「そういうの、するのって、基本、男……同士、ということに……?」
「ほかに、ありますか?」
 ──マジで!?
「いや、きっと、それ、そのせい、っつうか、女の子相手だったら、勃つとか、あるって、絶対」
 ええ?と、冗談を言われたみたいに、〈陛下〉はくすくす笑う。
「だけど、女性と触れ合うのは、〈呼び出し〉の間だけですよ? そのときに上手くいかなくて、人工授精になるケースは多いらしいけど。女性とだけできるなんて、そんなの」
 聞いたことありません、と。嘘でしょ?
「え、じゃあさ、恋人同士とか、そういうの、ないの? 好きな人と一緒に暮らすとか」
「もちろんあります。指輪を交して、生涯を誓うことも、まれにはありますし」
 まさかとは、思うけど、それも……
「男同士で?」
「ほかに、ありますか?」
 だから。まつげが、キラキラ光るから。オレは、自分のほうがものすごく間違ったことを言っている気持ちに、なる。
「なるほど……」
 だけど、〈陛下〉は、そのために、いろいろと。ご苦労を、されているわけで。
「どうせ嘘、つくんならさ。できました!って、言っちゃえばいいんじゃない? 勃ちました、ヤりました!って」
「…………〈呼び出し〉が来たら、すぐにばれますし」
 あ、それもそうか。
「それに……ええと」
 回収、されるので、と、非常に言いにくそうに言って。うつむいた〈陛下〉の、耳元が、真っ赤だ。
「そういう基準で、王位を決めるので……確かに同一人物であるという証に。精液からのDNA鑑定をして、生殖の能力を認められてから、正式に即位します。成人前だというので、猶予されていた、わけですが」
 はあ……それで、回収か。って、え?
「回収って──回収!? 提出するわけ!?」
「いえあの、全部じゃなくて。少しだけ、ほんの少しです、あの、こう、それ用の、容器があって」
 慌てて、顔を上げて言い訳する〈陛下〉と、目が合って。うわ。まっ赤、で、かつ、涙目で。──それくらいのことで、そんなに恥ずかしいのに。
(毎晩、知らない相手と、いろいろさせられて、って……)
 なんか、もう、超絶かわいそうじゃんか!
「ごめん、なんか。言いにくいこと、いろいろ聞いちゃって……ごめんね」
「あ──いいえ、ちゃんと、説明しないと」
 すごく迷惑をかけているのですし、と。〈陛下〉は言って、寂しそうに、微笑んだ。
「──ツヅミは、優しいですね。できれば、もっと、違う形で会いたかったけれど」
 どうか三日間、よろしくお願いします、とか、可愛らしいことを言う、〈陛下〉と。その晩は、子供の頃よく笙としたみたいに、一つの布団にくるまって、眠った。

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