陛下に捧げる三月兎の行進曲 c/w サド侯爵と俺

□§1 第1夜−3 Side笙
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Side(笙)
 伽をさせる。と、言ったのか。伽って……あの伽? 俺の思ってる伽?で、あってる?
「……〈陛下〉って……女なの?」
 言ったとたん、若干の生理的な嫌悪感まで含まれていそうな、いやーなカオをされた。
「ケモノの文化と一緒にするな。男女がひとつ町で暮らすはずがなかろう」
 よく、わかんないが。つまり、鼓は、なんか変態のおっさんの。……伽!?
「アホか──どこ連れてった!」
 あとを追いかけようとすると、もういっぺん剣を向けられるけど、もう、構わない。どっちにしろ変なこと起こりすぎだから。これはたぶん、何か妙な夢だ。
「刺すなら刺せば。相方見捨ててぼんやりしてるくらいなら、ここで殺されるエンディングのがマシだから」
 たぶん、あんまり、通じなかった。そりゃそうだ、〈漫才〉が通じないなら、〈相方〉も通じるわけがない。
「──番(つがい)、か」
「………………は!?」
 騎士風の〈侯爵〉?は、剣を下ろして、なんだか奇妙な表情で俺を見た。わけがわからん。
「とにかく、鼓を返せよ。あいつに妙なマネしやがったら、許さねぇからな」
「──召喚獣風情が、貞操を語るか」
 貞操ってなんだ。 ? 貞操!?
「違う違う! なんか誤解! 俺と鼓は、そういうアレじゃなくて、」
 相方……は通じないのか、友達? 幼なじみ? くされ縁? どれが正解?って、いや待て、明らかにこんなことを言ってる場合じゃなかった。このままだと鼓、変なことされる展開!
「あんたと喋っててもラチあかねぇや」
 開けようとした扉が、ガクンと途中で止まった。鍵かかってんのか?──と。焦る俺のほっぺたを、肩越しにのびてきた剣の先が、ツン、とつつく。
「ナジャルの結界だ。あいつの赦しがなければ、この部屋からは出られん」
 振り返る、より速く。くるりと回転させた剣の柄の側で、腹のあたりを、殴られた。驚くほど簡単に、俺の身体は宙に浮き、反対側の壁に激突して、落ちる。
「そうか……お前たちは番か」
 だから違うって、と、言いたいところだが、息が止まるほど痛い上に、今度は剣先が、喉元に向けられている。
「それは、面白い」
 ……そうだった。今日は、せめて格好だけでも漫才師らしくしようって、鼓と、色違いのスーツを、着てたんだ。
締めなれないネクタイの下に、幅広の剣の先がすべりこみ、結び目を、軽々と、切り上げた。百均で買いたてのネクタイが、ただの布切れになって、パサリと、床に落ちる。
「ケダモノの衣服は構造がよくわからんな……まあ、着ているだけマシか」
 つうぅ、と、切っ先が、シャツの上を滑る。それだけで、はらはらはら、と、ワイシャツの薄い布地だけが切れていく。思わず見下ろすと、はだけられた胸から腹にかけて、掻き傷が一筋、赤く線をつけているが、血は出ていない。すげぇ技術、とか、妙なところで感心している俺もいる。
 が。次に、ベルトを、ぷつんと切られて。さすがに、なんか、ちょっと、マズいかも、という気が。してきた。ひょっとして。
(これ──脱がされてんの?)
「何、ちょっと、やだ……!」
 暴れようとする俺の胸のあたりに、〈侯爵〉の片膝が置かれ。パン、と、一つ、頬を殴られた。手の甲で。
「……っ痛(て)ぇ、野郎、何しやが……」
「うるさい」
 〈侯爵〉は、立ち上がると、髪を束ねていた革の紐を、するりと、抜いた。藍に近く見えるくらいに、黒い髪だ。そうしてほどくと、長身のこの人の、腰くらいまである。男の髪がこんなに長いのを、初めてみた。光沢のある長い髪が広がって落ちるのは、ベルベットを拡げたみたいで、すごく、キレイだ──とか、思ってる場合か、俺!
「ケダモノ相手に、大人げないが。面倒だからな」
 何か、俺には聞きとれない呪文をつぶやいたから、ああ、魔法だ、と、わかる。今度は何、されたんだ。どこも痛くないし、動けるし、声も、出せそう、だけど……
「自分で脱げ、ケダモノ」
 騎士っぽいカッコしてるのに、魔法使いやがるとか、反則だろう、と言ってやりたいのに。あれ、うわ、なんか、俺。
「や……やだ……!」
 身体が、勝手に立ち上がって、ベルトの飛ばされたズボンを、するりと脱ぐ。そのままパンツに手をかけそうになるから。さすがに。
(ちょっと、それは、マズいって!)
 自然に動こうとする手の、反対方向に力を入れる。魔法と拮抗して、端から見ると静止しているように見えるだろうのに、ものっすごい力入れてるし、脂汗みたいなの、にじんでくるから。パンツつかんで、バカみたい、だけど。必死。
「抵抗するか。殊勝なことだな」
 こいつ。すっげえヤだ。超絶ヤだ。
 ギリッギリで耐えてる俺の肩を、剣の腹で、トン、と後ろに押す、から。ああもう、倒れこんで、バランス崩れちゃうと!
「あの方には、抵抗する権利も与えられぬ」
「はぁ!? もう、何の話だよ!」
 ああ、やっぱだめだ。いっぺん力抜けちゃうと。抗えない。くそ、こんなヤな奴の前ですっ裸とか──何より見た感じ自分からすすんで脱いでる風なのが、ものっすごく、ヤだ!
「さほど変わったところもなさそうか。……ずいぶんと細いが。これで成体か?」
「虫みたいに言うんじゃねぇよ」
 〈侯爵〉の眉が、ぴくりと動く。ああ、畜生、また左手が自然に上がって。自分の喉を、絞める。息できねぇし。これで死んだら、自殺としても画期的すぎる。
「問われたら、素直に答えろ」
(……ったって、コレじゃ喋れねぇだろうが、バーカ)
 考えていたことが伝わったかのように、ストンと、左腕が落ちる。
「……大人か、つうなら、そうだけど?」
 ぜいぜいしながら、しぶしぶ答える。
「それにしては、幼いな。幾つになる」
「──ハタチ」
「あの、小さいほうのは」
「二つ下」
 十八……と、〈侯爵〉は呟いて。その数字に、何か意味があるみたいに、しばらく何か、考えている。もう、服着ていいっすかね、と、そおっとパンツを拾おうとするが。
「動くな」
 また、簡単に動きを封じられる。
「本来なら向うを調べたいところだが、時間がないからな。おおよその作りは、お前も変わらんのだろう」
 カラン、と、音を立てて床に落ちた剣を、目で追っているうちに。俺は、いつのまにか、自分から、壁に背をつけて、立っている。両腕を上げて。磔にでもされたみたいに。
「生殖能力はあるか、ケダモノ?」
「……そういうこと、平気で訊いちゃうほうがよっぽどケダモノだと思いますけどね」
 左腕が。一度浮き上がって、バァン、と壁に、打ちつけられる。
「素直に、答えろと、言ったな?」
 痛ぇ──マジ痛ぇ、けど。これって、自分でやってる、みたいな、ことだよな。なんか、だんだん、わかってきたぞ。
(魔法魔法、言うけど)
 身体の動きを操られているだけだ。その他にマジカルなことが起きてるわけじゃない。
(暗示にかけられてる、みたいなのだ)
 わかったからといって、すぐにどうこうできるわけでもないのが、辛いところだが。
「同じ問いを、繰り返させるつもりか?」
 これは、見たことがある、と思う。命令しなれた人間の眼だ。どこの世界でも、イヤな奴って、似たようなもんだな。
「生殖ナントカ? あるよ、正常に」
「あの、小さいほうも?」
「──鼓。池上鼓」
 なんか、ほんとに腹立ってきた。勝手に連れて来といて、獣扱いって、何だそれ。
「そんで、俺は、中林笙。名前あるから、ちゃんと。つうか、きちんと名乗っただけ、さっきの赤毛のがマシだな、あんたより」
 赤毛以下、と言われて、カチンと来たのがわかる。ヤな奴だけど、わかりやすい。
「宮博士風情と同列に語るな。私は、ケダモノ相手に名乗る名は持たぬ」
「はいはい、あんたお貴族サマだっけ? それで何か、エライつもりんなっちゃってんだな。こっち基準で身分がどうとか言われても、ケダモノ界では全然通用しませんけどねぇ」
 〈侯爵〉、何それ、おいしいの?──と、言ってやって、かなり、すっきりする。が。
(──しまった。調子に乗りすぎた)
 相手の目の中で、ふつん、と、何かがキレたのが、わかった。なんか。マズい、かも。
「そうか。ならば、もう聞かぬ。──ケダモノはケダモノらしく、身をもって証せ」
 己の意に反して持ち上がる、俺の左手が。自分の、大事な部分を、つかむ。おい、嘘だろ、何させる気だよ──この、変態貴族!

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