陛下に捧げる三月兎の行進曲 c/w サド侯爵と俺

□§1 第1夜−2 Side鼓
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Side(鼓)
(勝手に脚動くの、めっちゃ気持ち悪い……)
 赤毛のお兄さんに連れられて行くのは、石造りのでっかな建物の、長い長い廊下。片側は建物に面してるけど、左側は直接外につながってる。森、みたいだけど、庭なのかな。なんか急に夜になってるし。フクロウとか、鳴いてるし……。
(ほんとにどこなの、ここ……)
「あの、ナジャル、さん? 自分で歩くから。コレ、魔法、やめてもらえない?」
「あ、でもホラ、もうすぐ。ここ。着いた」
 一番奥のつきあたり、えらくゴージャスな扉の前で、赤毛のナジャルさんは立ち止まって、首に提げていた袋から、なにやら緑色の宝石みたいなものを、取り出した。
「そういうトコに控えてるのもヤボだからさー。これ、つけとくから。邪眼石ね。陛下に危害加えようとすると、死ぬほど痛むからー、気をつけてねー」
 ほい、と言って、俺の眉間の上あたりに、その綺麗な石を、きゅっと埋め込む。痛みはないのに、半分くらい埋まって。……こすっても、取れない。どうしよう、もう一生この前衛的なファッションで暮らしていかなくちゃならないのかな。
「じゃあ、あと、よろしくねー。召喚ミスっぽいから無理かもしれないけど、できる限りがんばってー!」
「がんばってって、何を?」
 あれ、言ってなかったっけ、と、きょとんとした顔をされるけども。
「ほとんど何も言ってないじゃん!」
「あーそうか。いや、なんていうかな。侯爵とかは、遠まわしに夜伽とか呼んでるけど」
 ──夜伽!?
「要するに、陛下の精通のお手伝い?」
「──え? なんて?」
「じゃあごめん、ぼくこれから、他の方法も試してみないとだからー!」
 よろしくねー、と言って、オレのこと、くいっと部屋の内側に押しやって。バタバタン、と大きなドアを閉めてしまう。嘘ぉ?
「ちょ、ナジャルさん、もうちょっと、なんていうか、説明──! 情報足りなすぎ!! わ、ドア開かないし!!」
 ナジャルさんが片手で簡単に開けたドアは、押しても引いても、体当たりしても、びくともしなくなっていて。あー多分また魔法的な? やだもう。魔法使い、すごい理不尽!!
「……朝になると、自然に開きますが。急いで、出たいですか」
 奥から声をかけられて、うわって、振り返る。なんだかすっごい金色の、キラキラした生き物が、こっち見てる。あ、人間。ていうか……少年?
「あ、いや、急ぐとかないけど……」
「すみません。私は魔法、使えないので」
 晴れた日に降ってくる雨の筋みたいな、金色の髪。そんなに長くもないのに、すごい明るさで、カラダ全体がうっすら、輝いて見える。わ、良くみたら、眼も金色じゃん。ていうか。きょろきょろ見回しても、ほかに部屋に、誰もいないから。ええと、
「……〈陛下〉?」
「はい」
「…………ほんとに?」
「ええ。──見えない?」
「あ、いや、なんか。もうちょっとおじさんを想像してて……」
 あはは、と、〈陛下〉は笑う。でも、考えてみれば、どの王様も昔は王子様だったんだよな。〈王子様〉っていうなら、もう、この人、すっごいぴったりだ。王子と呼ばれるために生まれて来ました、みたいな。
「良かった。今回は、ちゃんと人間で」
「──人間?」
 うん、と肯いて、〈陛下〉は部屋のど真ん中のベッドに、すとんと腰をおろす。他に王様の知り合いとかいないから、どうしたもんかな、と思うけど。ベッドの他に何もないし、失礼して隣りに座らせてもらうことにする。
「いきなり召喚されたんですよね? 驚いたでしょう?」
「あ、うん。すごい、びっくりした。っていうか、まだ状況がよく飲み込めてないんだけど。オレ、ここで、いったい何をすれば?」
 なんか、ナジャルさん、すっごい妙なことを言い置いてった、気がするんだけど……。精通、が、どうした……とか。
「ああ……いいんです。たぶん無理だから」
 無理だから、と言って、少し眼を伏せた〈陛下〉は、まつげまでキラキラと金色だ。それが綺麗だったせいもあるけど、ムリ、という言葉に、なんだかちょっと、胸が痛んだ。
(がんばってもムリ、ってこと、やっぱあるもんな)
「他の人に、迷惑かけるわけじゃないし……ナジャルやフリュゥには、悪いのですが」
「〈陛下〉の意志でしてるわけじゃないんだ。つまりこういう……ショウカン、とか」
 〈陛下〉は、ちょっとだけ笑って。
「私のためを思って、してくれていることですから。有り難い、とは、思うんだけれど。──たまに、半分オオカミの人とか……言葉がほとんど通じなくて、ずっと唸ってる、背丈が私の倍くらいある人とかもいて……」
「それは……怖いね」
 怖いんです、と、〈陛下〉は、真面目な顔で肯いて。
「だから。貴方が、言葉の通じる人でよかった。わかってもらえそうな人だったら、お願いしてみようと思っていたことが、あって」
「お願い?」
「ええ……もし、よかったら、ですが」
 一緒に嘘をついてもらえないでしょうか、と。正直者そうな、真っ白な頬を、恥ずかしげなピンク色に染めて、〈陛下〉は言った。
「嘘?──って、どんな嘘?」
「ええと……だから。わりと、いけるかも、というような……」
「わりと? いけるかも??」
 何が?と訊ねると、あぁあもう、ほんとナジャル、事前に説明しておいてくれないから!と。白いズボンの脚の間に、頭をかかえこんじゃって、なんかカワイイかも。
「オレにできることだったら、手伝ってもいいよ?」
 〈陛下〉っていうからには、王様とか、そういうのなんだろうけど。くるりと、顔だけ上げて見あげる表情が、子供みたいだ。絶対オレより年下だ。
「本当に?」
「うん。情けは人のためならず、っていうし。話してみてよ」
 ありがとう、と、〈陛下〉が言うから。おお、このコトワザは翻訳されるのか。あんまり、悪いところじゃないかも知れないな、異世界。
「……占いの話は、聞きましたか?」
「や、全然。もう、直行でここ、連れてこられて」
 ああ、そこからか、と、〈陛下〉はため息をつく。
「自分で話すの、ものすごく恥ずかしいんですが。──つまり、私は」
 〈不能なんです〉
 と。キラキラした前髪の下の、キラキラした睫毛の奥の、キラキラした瞳をまっすぐオレに向けて、〈陛下〉は、言った。えぇえ。
「国王に生殖能力がないというのは、ここでは禁忌で──成人するまでに精通がないと、王位を返還することになるんです」
「…………へえ……」
「子供の頃から、いろいろな相手がきて、いろいろなことをさせられてきたんですが」
それは……苛酷な幼少時代を……。
「あと一年で成人、という時に、周りが焦って、神託を仰げというので。八卦見を呼んだんです。そうしたら──私が、初めて愛を交わす相手は、この世界の者ではない、と」
「……それで、良からぬ魔法で……」
 ごめんなさい、と〈陛下〉は、恥ずかしそうにして。
「召喚魔法はコストもかかるし、占いの指示も漠然としすぎだし、無理だと思うって言ったんですが。フリュゥは絶対に諦めるなと言うし、ナジャルは魔法薬を試したくてしかたがないしで」
「その、漠然とした指示っていうのが……」
「世界で最高の道化、というのです、が──それで召喚されてくるオオカミの人とか見てると、その定義もよくわからなく……」
 なんか、すごく、かわいそうかも……。
「言いにくいんだけど。オレに関しては、完全に人違いだと、思う」
 世界最高どころか、ご町内ですら一位になってないもの。
「それは、もういいんです。ただ、よかったら。三日後の、私の十八の誕生日まで──貴方となら可能性がありそうだと、周りに思わせてほしいんです。これ以上、新しい相手を、用意されないように」
「ええと……言う、だけで、いいの?」
「はい。お願いします。……皆が、私のためを思って努力してくれるのは、本当に嬉しいんです。でも、あと、ほんの少しだけ」
 残された、わずかな時間でいいから。
「静かに暮らしたいんです。わがままなのかも、しれないけれど」
「──わかった。やってみる」
 と、言ったけど。ありがとう、と言う〈陛下〉の、金色の微笑みが、あんまり綺麗だから。この人が〈陛下〉でいられたら、もっといいのにな、と、思った。

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