陛下に捧げる三月兎の行進曲 c/w サド侯爵と俺

□§1 第1夜−1 Side笙
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Side(笙)
 会場は、水を打ったように静まり返っている。
 百人そこそこしか入らない小ホールとはいえ、箸が転んでも笑う年頃(と聞いているが?)の女子高生の皆さんを大幅に含んだこの客層、この人数、この近さで。この、見事な、「シーン」感は、いや、むしろ。
(奇跡?)
 原因は、はっきりしている。今現在俺の右隣二十センチでぶるっぶるに震えている涙目のウサギちゃん、俺の相方にして漫才コンビ〈ががくーず〉のボケ担当池上鼓(つづみ)、は。
「……笙(しょう)、ごめん、オレ、もう」
(──は!?)
 本番弱い! 驚くほど、呆れるほど、いやここまで来ると一周回って感心しますわ、ってところまで、ここ一番の勝負に、弱い。
「オレ、もう、ムリ──!」
 いやいや、ムリ──!じゃないってお前、これを勝ち上がればプロになれるという大事なオーディションライブの最終戦、たった三分のネタの中で、かぶせてボケなきゃならない大事なセリフを噛みに噛みまくって。あげくに舞台上でピタリと固まり。演技なのか素なのか分からずにシーンとするお客さんズと、ツッコむべきか流して先に進むべきか瞬時判断に迷う相方(俺)を置きざりに。
 走って袖に逃げようとするとか、どういう了見だ、てめぇこら鼓!
「アホかお前、無理とかねぇよ」
 危うく二歩目で捕獲して、マイクの前に引きずり戻そうとするが。
「ごめん笙、ほんとムリ、絶対ムリ!」
 ちっこいくせしてこんな時だけ馬鹿力で、俺をドンと押しのけて、鼓は駆け出す。が!
「バカ鼓、そっち側──!」
(袖ですらねぇわ)
 普段はフラットな空間を、お笑いライブ用に鉄材と平台で底上げして舞台を組んでいる。楽屋につながっている上手側(俺のいる方だ)には、上り下りできる階段がついているが、鼓が一目散に逃走した先は、単に暗幕で客席からは死角になっている、だけで!
「落ちるから!」
 つーか、落ちたから、か。と、鼓を引きとめようと腕をつかまえた挙句、慣性の法則にまきこまれてもろとも空中に転げ込みながら、俺は思った。

「……っ痛(つ)……。コラ鼓、マジで殺すぞ」
 肩と腰がじんじん痛む。死ぬほどの高さではないが、二メートル近くはあるはずだから、打ち所間違えたら、ヤバかった。
「つーかもう、どけよお前。自分から落ちといて俺の上に乗っかってるとか何だよ」
 見あげると、鼓はポカンとした顔で、前方のどこかを見つめている。ごめんくらい言えよ。それにしてもなんか、キナ臭いな。機材とか配線とかやっちゃったんじゃなきゃいいけど。
「……笙……ここどこ」
「はぁ?」
 なんなのもう、緊張のあまり記憶喪失になっちゃったの?と、鼓を押しやって、なんとか立ち上がる、と。──おや?
「──────わ!」
 何か、首のとこにチクっとした! って思ったら何これ剣? 剣とか首元に突きつけられてる? そんで何これ騎士? つーかコスプレ? オシャレ外人? 映画? 映画撮影?………漫才ライブの、舞台袖で?
(わからん……)
 俺に剣的な何かを突きつけている、騎士風な誰かが、何か言っている。何を言っているのか、さっぱりわからない。つーか、何語なのかすら、さっぱりわからない。──はず、なのに。
「…………二匹、いるが……?」
 あれ、なんか、だんだん。わかってきた?と首をかしげていると、騎士風な誰かの後ろから、わしゃわしゃと鳥の巣のような赤い髪をした青年が、ニコニコ顔で現れて。
「待って……修整しましたから、言葉通じますよ。こんにちはー。ぼくナジャル、聞こえますかー?」
 聞こえる。ことは、聞こえる、が。何だこれ。改めて周りを見ると、いや待て、幕とスピーカーと配線しかなかったはずの空間に、ええと、これは。
(──何かの、実験室?)
 鍋とかカマド、得体の知れない薬品、ビーカーとかフラスコ的なもの。それから、何だろう、妙に懐かしいニオイの。お香……かな。
「ナジャル。不用意に近づくな、噛みつかれるぞ」
 騎士風の誰かが、赤毛に言う。それって俺のことですか!
「噛まねぇよ! つーか痛ぇよ」
 首のとこチクチクチクチクしやがって、と抗議しようとする俺のシャツを、鼓が引っ張って。さからうとヤバいよ、それ本物っぽいし、とささやく。確かに、この、刃物は。マジで、切れるっぽい。
「どちらがソレなんだ。時間がない、早く陛下のところへ連れて行け」
「いや待って。さすがに二人来ちゃうとか、想定外。えーと」
 赤毛が俺と鼓を見比べて言う。
「どっちが★☆★☆なのかな?」
「──なんて?」
 なんか、聞き取れない言語混じったぞ、今。
「えーと、ああ、そうか……概念ごとない単語は翻訳されないんだよねー。うーんとつまり、〈至高の道化〉? っていうか、すっごく噛み砕いて言うと、君たちの世界でいっちばん面白いひとー? どっちがソレ?」
 ………………。
「──明らかに、人ちがいです」
 何をもって俺たちの世界とするか、はたまた、何をもって一番面白いとするか、は議論の別れるところかもしれないが。とにかく、それが、俺たちのことでないことだけは、間違いない。札幌ローカルのアマチュア大会でも、最高順位が二位だが悪いか。
「あー、やっぱ粉足りなかったかー。ほんとは一本丸々必要なんだもん、香木。この量じゃねー」
 赤毛が、味見用の小皿くらいの器に大さじ3ほどの分量で盛られた、いい匂いの粉を見下ろして言う。
「これまでの召喚が全て失敗だったのだから仕方なかろう。どんな小さな可能性でも構わん。試せ」
 騎士風が、やっと剣を鞘に納めてくれながら言う。
「うん。キミタチ、階級的には、道化で間違いない? 二人ともー?」
 鼓が、道化っていうか漫才師、アマチュアだけど、とか、素直に回答している。ああなんか、昔からそうなんだけど、アガリ症の赤面症のくせに、順応性とか協調性とかのスキルだけ高すぎ、お前。
「マンザ……? ゴメンその語彙、こっちにないみたいなんだけどー」
「ええと、だから……二人で一組なの。オレがボケで、笙がツッコミで」
 ボケ、とかツッコミ、も上手く翻訳されないらしく、赤毛が困惑の度を深めている。
「ううぅんと。お客さんの前で、オレが何かバカみたいなこと言うでしょ。そうすると、笙がそれを指摘するでしょ。で、お客さんが笑う」
 笑う、こともあるな。たまには。
「ではその小さい方だな、道化は」
「どっちかと言うとそーなりますかねー。だいぶ文化違うみたいですけどー」
「細かいことはいい。どのみち最後の召喚になる。……連れて行け」
「はいはい、じゃあこっちのキミねー」
 赤毛が鼓の目の前で、木の実のようなものを、パチンと割る。鼓はすっくと立ち上がって、何故か後ろで両手を組む。
「笙、なんかカラダ勝手に動く……」
「だいじょぶ、拘束魔法は痛いことないからー。逃げようとしたらぎゅっとなるだけ。着いたらほどけるからだいじょぶだからー」
「御前に出す前にきちんと調べろよ。小さくてもケモノはケモノだ」
「あはは、侯爵の異世界蔑視あいかわらずハンパないねー。だいじょうぶだって、見てよこの子、すっごいカワイイ。お目めクリクリで」
「お前が気に入っても仕方ない。肝心なのは陛下のお気に召すかどうかだ」
 はいはい、と軽い返答を残して、赤毛が鼓を連れて部屋を出ていく。傍目には、鼓は自分でついて行っているように見える、けど。
「笙、怖いよー」
「ちょっと、待てよ。鼓!」
 追おうとする俺を、改めて抜き払った騎士的男の長剣が止める。
「騒ぐな。──陛下の御前に出すだけだ。すぐに危害を加えはしない」
 陛下? 何それ、王様って意味?
「なんで鼓だけ。あいつをどうする気だよ」
「あの、小さい方には」
 俺を見返した男の目は、喋る虫けらを見ているようだ。
「──伽をさせる」

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