家庭ψ園

□(3)
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 そして、ほんとうに、人間は。
(何にでも、慣れる……)
 慣れたくないと思うことにも、慣れてはいけないと思う、ことにも。
「杷くん……杷、くん。お願い、ですから」
 やめて、と、言って、やめてくれる杷でないことは、百も承知だが。
「――気持いい?」
 耳元で囁かれて、今更言葉で否定できないほど、身体の震えが、それをはっきりと、杷に伝える。
 子供のような杷の実験と、無邪気にくりかえす「ここ?」の問いかけに。諦めて身を委ねて、わずか四、五日で。杷の指先は、本物の「ここ?」を、探りあてた。しばらくは、杷にさとられないよう、気をつけてはいたものの、日に日に感覚は研ぎ澄まされ、こらえようとするほど、敏感になるようで。
 俺が初めて声をもらしたとき、杷は嬉しげに、当たり、と笑った。熊の部屋ばきを、的に当てたときのようだった。
「……あ……ほんとに、もう……」
 そうして、今。いつもの花の香りに包まれて、俺の中には、杷の指が、三本、入っている。正直、脳内が、かきまわされるように。
(――気持いい)
「許して、ください」
 杷は答えずに、抱えている俺の尻に、小さく口をつける。ちゅ、という可愛らしいひびきに、びくんと、腰が揺れる。ああ、もう。
 杷は左腕で俺の脚を抱いて、犬のように這いつくばる俺の腹の脇から、下をのぞく。
「わ――ほんとイイんだね。これで勃っちゃうんだ」
「やめ……」
 届くかな、と、平和な声音で言って、小さな舌先を伸ばし、俺の、先端を、舐める。
「あぁっ!」
 その部分を、直接杷に触れられるのは、初めてだった。
「先生、勃つと、こんなデカいんだ……知らなかったな」
 体勢のせいで、かすかにしか届かない杷の舌が、ふれるかふれないかのところで、俺の中心を、行ったり来たりする。その間も、休むことなく内側をかき回されているから、もう、ほとんど、何も。考えられない。
(やばい、ほんとに、このままだと)
 達してしまう。こんな子供に、排泄用の穴を嬲られて、俺は。
「杷く……駄目だ――」
 腕を、伸ばして、せめて杷の、頭をはなす。
「気持いいんだ?……いいよ。そのまま出しても」
 シーツはメイドが洗ってくれる。と、囁かれて。そのままベッドに頬をつけて、下から見上げる杷の視線を、痛いくらい、感じる。
「オレ、先生がいくとこ、見たことないね。いっつも、オレばっかりしてもらってたから」
 お返し、してあげるね?と、杷は。この世の誰より俺の身体を知っている、その白い指の動きを速める。そんなお返しは必要ない、と、言い返すだけの力も、もう出せなくて。ただもう、こらえきれなくなったうめき声を、枕が消してくれますようにと、祈って、顔を埋める。
「そうだ、先生、知ってたかな」
 杷の声が、遠く聞こえる。
「功刀の部屋って、この、真下だよ」
(――――え?)
 杷の左手が、ふわりと伸びて、俺の顔の下から、枕を引き抜く。半分転がされた俺の肩を、上から抑えて、杷は微笑む。
「聞こえちゃうかも」
 杷の、指が。俺の身体を、まるで楽器のように操る。誰に、何を、聞かれても。こみあげる叫びを、もう、押さえきれない。今、声を抑えたら。この快楽を、自分の内側に閉じこめたら。
(気が狂う)
「――気持いい? 先生……」
 俺の、返答は、言葉にならない。ただ、もう、本当に、終わりが近いから。俺の身体に半ばのりあげている杷を、よけさせようと、腕を伸ばす。杷はその俺の指を、口に入れて。軽く吸って、はなす。
「杷……駄目だ」
「ダメじゃないよ」
 甘やかすように、杷が言う。
「このままいって。――見せて」
 先生、と、杷が、言い終える前に。俺から飛び出した液体が、杷の白い胸元を、汚す。
(――――ああ)
 限界まで、我慢したせいで。身体の震えが止まらない。起き上がれない。かろうじて、目だけ上げて、杷を見あげると。胸元を見下ろし、首を傾げて。さっきまで俺の内部にあった白い指で、そっと、それを掬い。そのまま、ぺろりと、舌の先で舐める。
「――甘い」
(嘘つけ)
 バタンと、仰向けになった俺の胸に、杷が耳をつける。心音と、息の荒さを確認して、子供をあやすような仕草で、俺の頭を撫でる。
「先生、可愛いね」
 それは、どうも、と、荒い息の底から言うが。今はどんなに恰好をつけてみても、杷の掌の中だ。
「ほんとだよ。すごく可愛い」
 子供がするように、杷は俺の首に腕を廻して、目を閉じる。これは、このまま眠ってしまう体勢だ。
「――杷くん」
 俺の体液とローションで、ベタベタだから。眠ってしまう前にシャワーを浴びなさいと言おうとする、俺は、芯からお人好しだ。
「愛されて、育ったから、可愛いのかな」
 眠そうな声で、杷は言う。
「――え?」
「トマトにさ、いろいろするみたいに」
 家族に愛されて育ったから、先生は可愛いの?と、杷は聞いた。
「どういう、意味ですか?」
「オレは、可愛くないでしょ」
 質問ではなく、断定として、杷は言った。
「父親とかいなくて、母さんも死んじゃって、愛されなかったから。小さいときに」
 あまりにも、淡々と、それを言うから。
「――そんなことは、ありません」
 ふわりと。眠りかけていたと思っていた、杷のまぶたが上がる。ずいぶんと近くから、鳶色の瞳に見つめられて、言いかけた言葉が、喉元で止まる。
(君は、充分、可愛いと思う……)
 言ったら、お払い箱になるところだった。犬は欲しくないんだったもんな。
「その……そうだ。俺の両親は、二人とも孤児でしたけど、」
「――二人とも?」
「施設で知り合ったんだそうです。幼馴染み」
 ふうん、と、眠そうな目で、杷は肯く。本人がどう思っていようと、やっぱりひどく、杷は可愛い。
「だから、二人とも親の顔を知らないんですが――ずいぶん可愛い人たちでしたよ」
 本当に。ずいぶんと可愛い、父と母だった。
「ほんと?」
 ええ、と、こればかりは自信を持って、俺は肯く。
「あのトマトは、うちの親父が開発したんです。というか、開発しようとして、失敗したんですが。――〈こなっちゃん〉って、いうんです」
「〈こなっちゃん〉」
「可愛い名前でしょう」
「うん」
「いくつかの品種のかけあわせです。ミニトマトにしてもかなり小さめで、紫に近いような、深い赤の実をつけます。ハート型の」
「ハート型?」
 急に目が覚めたように驚いた声を出すから、笑ってしまう。
「ハート型の実自体は、そんなに珍しくないんです。商品化されているものもありますよ」
 へえ、オレ見たことない、と、杷は俺の胸に頬をつける。そうしてハート型のトマトを思い描いているのかと思ったら、この細いしなやかな身体が、ずいぶんと愛おしくなる。
「小夏はね。母の名前なんです。小柄で、女性にしては色黒で、パタパタと元気に立ち働く、明るい人でした」
「――〈こなっちゃん〉」
 愛する妻を模したトマトを作ろうという、俺の父親の情熱は。確かにある種の、愛ではあったが。
「そんなものを作っても、きっと売れないんですよ。特に目新しい特性があるわけでもないし、思い入れがあるのは本人だけですから。だけど、どうしても、作りたかったんですね」
 可愛い人でしょう、と、言うと、杷は。本当に素直に、うん、と、肯いた。
「来月には、見せてあげられます」
「――うん……」
 もし、その実がなるまで、俺がこの邸にいられたら。一粒でいい、〈こなっちゃん〉を、口に入れてくれますか、と。俺はまだ、聞けなかった。

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