家庭ψ園
□(4)
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そして、その結果が、これだ。
口の中で、杷が少しずつ、大きくなる。硬くなる。これは、現実だ。
「ちゃんと、舐めて。先生」
――〈先生〉。
考えないなんて、無理だ。
俺の髪を梳いている細い指をふりほどいて、半ば膨らんだ杷のものを口からはなす。未だ成長段階の、少し細身の、杷のそれは。
(こんなところまで、白い)
紅潮してところどころ桜色に光る、その彩色の邪気のなさが、かえって俺の背筋を凍りつかせる。
「諦めが悪いね、先生」
杷はもう一度俺の髪をつかんで、今度はかなりの力を入れて、引く。かたくなに口を閉じる俺を見下ろして、微笑む。
こんなに、近くからでは。虹彩の色の薄い瞳から、目が、離せない。
(……あ)
いつの間にか、唇を重ねられていた。
杷の舌が、からかうように俺の唇をなぞる。十時ね、先生、と一方的に言い置いて、気安く扉を叩くのと、おそらく同じ軽やかさだ。
杷の確信の強さが、俺の身体から力を奪う。右腕が暴力で仰向かせている、その同じ俺の唇を、不思議なほどの穏やかさで、小さな舌が割る。本気なら拒める程度の力と甘さとが、俺は何かに負けたのだと、告げる。
こんな子供の舌先に、簡単に絡め取られる。俺の、無器用な舌も。無器用な、生き方も。
人間は、どれくらいのものを、金で売れる?
完全に力を抜くのを待って、杷が唇をはなす。その代わりにもう一度あてがわれるものを、拒むだけの気力が、もう残っていない。
「そんなに嫌なら、噛みきってもいいよ。そのほうがお互い、早く楽になれる」
いつのまにか完全に勃起して、鴇色に変ったそれを、恥ずかしげもなく俺の目の前にさらして。再び、ゆっくりと、俺の口の中に。入れる。
「やめ――」
やめろ、と、命令したかったのか、やめてください、と懇願したかったのか。犯されていく口腔の中で、途切れた言葉の先は、自分でもよく、わからなかった。
「口開けといて。歯が当たると痛い」
杷は事務的な口調でそう言って、もう俺の反応には構わずに。両手を俺の頭に回し、そのまま、無造作に、腰を使う。
「ん――!!」
(――息が)
できない。こわばる喉の奥に、杷の先端が触れる。
「もうちょっと力、抜けない?」
行為の乱暴さにはまったく似つかわしくない、穏やかな口調で、杷は言う。
「オレは気持ちいいけど。そんなガチガチだと、辛いでしょ?」
そんな、ことを、言われても。どうやったら力が抜けるのか、そもそも本当に力が入っているのかも、今の俺には、よくわからない。
「そんなに遅いほうじゃないから。諦めて、おとなしくしてれば、すぐに終わるよ」
大丈夫、と、囁いた声音が、ふざけているようにも、俺をなぶるようにも聞こえないから、それはただ単純にいたわりの言葉のような気がして。そんなはずはないのに、目を開けて、確認したくなる。
「いい子だね」
杷の指が、俺の頬をなでる。苦しさに涙がにじんで、杷の笑顔は、歪んで見えるが。
(――本当に、意味が)
わからない。今の杷は、人形じゃない。こんな真似をされているのに、その暴力の底、ざわざわするほど優しい顔で、杷は笑う。
何をされて、何を言われて、俺は。この子供を、可哀想だと、思うんだ? 馬鹿なのか。
(馬鹿なのか――俺?)
あ、と、杷が、それまでと違う、切羽つまった声をあげる。見あげる俺と、杷の目が合う。先生、と、杷が囁く。
「ん……んぅ……! せんせ……」
杷の、動きと息づかいが、速まって。俺はこの、意味不明の責め苦の、終わりが近いことを知る。
「すげ……いい……先生……ねえ、」
〈そんな目で見ないでよ〉、と、言ったのか?
それは、こっちのセリフだよ、と、酸欠にかすむ頭の中で思う。
「……あ……!」
ぶるん、と、ひとつ大きく震えて。杷は、俺にも古馴染みの液体を、出し馴染み触れ馴染み拭い馴染んではいたものの、口にするのは初めての液体を、ひゅるん、と生温い感触と温度と共に、俺の、口の中に、放出する。
「……ああ」
ため息に近い何かを出して、杷は、しなやかさをとりもどしたものを、するりと抜き。開きかけた俺の口を、冷たい両手で、閉じさせる。
「呑んで」
「んん!?」
首を振って、拒絶の意思を伝えようとするが、しぃ、と、子供をだまらせるように、人差し指を唇に当てられる。
「それ、一口分で、いくら貰えるの、先生?」
――このガキ。
しかし。――憤りは憤りとして、ここまでされてしまったからには。
(毒食らわば、皿まで)
今食らっているのは、毒ではないが、と、悠長な感慨と共に、一息に、飲み下す。本当に、この一口で、いったいいくら稼げたんだか、俺も知りたい。
「――君は」
「うん」
既に、散らばった衣類を拾い上げて身に着けながら、杷は答える。〈うん〉。
「他の先生達にも、こんな真似を……?」
うん、という答えが返ってくるものと、半ば諦めに近い気分で訊いた言葉に、杷は少し首をかしげた。
「どうかな。ここまでする前に、逃げ出す奴もいたし、あと、変な風になっちゃって、クビにしたのも、けっこういるし」
(――変な風?)
「ちょっと誤解して、恋人気取りになる奴とか。あと、もうなんか、気持ち悪い感じんなって、オレの足とか、舐めてくる奴とか」
オレ別に、犬が欲しいわけじゃないんだよね、と。本当に嫌そうに言った杷は、パジャマを着終えて立ち上がり。座り込んだままの俺を振り返って、にっこりと、笑う。
「先生、けっこういいね」
怒る余裕も、喜ぶ余裕も、俺にはなかった。ただ一つ、本当に馬鹿のように一つだけ、はっきりと思うことがあって、それは。
(これを、九月まで、ガマンすれば)
電卓の数字がちらつく。借金がチャラになって、さらに、かなりの額が、手元に残る。次の職を見つけるまでの間、陽苗の学費も払えるし、生活費にも、困らないだけ、充分の。
入って来たときと同じ、軽やかな足取りで部屋を出て行きかけて、杷は、あ、と、思い出したように振り返る。
「先生の名前。なんだっけ」
ああ。そうだった。
「――井上、陽光(あきら)」
「――あきら?」
どんな字?と、杷は訊く。
「太陽の陽に、光。陽光(ようこう)と書いて」
あきら。と、もう一度口に出して、杷はふっと、窓に目をやる。
「ああ、それで」
「――え?」
「陽あたり、気にするんだ」
杷の思考の流れは、俺にはまったく、よくわからない。が。
「じゃあ。おやすみなさい」
ふわふわっとした、淡い笑顔を残して、扉の向こうに消えた子供は。理不尽だし、残酷だし、嫌なガキだし、意味不明だが。
べたつく口をゆすごうと、ようやく立ち上がる。情けないし、恥ずかしいし、悔しいし、おまけにいわれのない罪悪感のようなものまで、わきあがってくるが。
俺はもう、あの子供が、怖くない。
口の中に残る、生々しい精液の味が。出水杷は、ただ極端に淡い色彩でつくられたというだけの、自分と同じ生身の人間に過ぎないと、俺に教えた。