ぼのかりぐらし

□にげるが
1ページ/4ページ

『予行練習だよ。』
いつぞやスナドリネコさんが僕にいった言葉を思い出す。
道を歩けば、「見ない顔だな、どこから来たんだ?」
川沿いを歩けば「川から流れて来たチビか、何しに来たんだ?」
森をあるけば「スナドリネコんちに住んでんだろ?お前何者だよ?」

兎に角質問の嵐だ。僕がこの森に来たことは、森の皆にとっては大きなニュースだったらしい。
僕は相変わらず過去の記憶が曖昧なままなので、ほとんど皆の質問にまともに答えられない。
そんな僕を見てなかには、僕が何か企んでるではないか、覚えてるのに隠しているのではないかとしつこく付き纏うひともいて、僕はくたくたになっていた。

僕がスナドリネコさんにお世話になってから一週間たった。本当はぼのぼのに、今度は僕から会いに行こうと思ったのに、これじゃちっとも前に進まない。

なるべく人のいない道を選び、人影が見えたら隠れる。それを繰り返し紆余曲折していたら、いつのまにやらお世話になっているスナドリネコさんの家の方に戻っていた。

お腹も減ってきたし昼食をとってから出直そう、僕はそう思い帰路を辿ることにする。
すると穴蔵の入口に誰かいるのが見えた。森で出会った中でも群を抜いて大きく、逞しい生き物が立っていた。

僕はあの生き物を知っている。

ヒグマだ。

ヒグマが胡座をかいたスナドリネコさんの前で仁王立ちしている。
スナドリネコさんの様子から見るに知り合いなのだろうけど、友達かと言われたら際どい感じだった。
だいたいスナドリネコさんは誰に対してもあまり態度を変えないから解りずらいのだ。反対にヒグマは真剣そのもので、まるで今にも決闘を始めそうなぐらい、二人の周りの空気は重かった。
僕は構えて、ヒグマを観察する。
体色は青紫、首もとには月の模様がある。一際目を引くのは顔にある無数の古傷だ。左目の瞼の上にも一本の大きな引っ掻き傷が残っている。
僕の胴体よりも二回りは大きい腕、あんな腕に殴られたら例えスナドリネコさんでも只ではすまないだろう。

もし、もしスナドリネコさんが襲われたら、僕が助けなくちゃ。

緊張と恐怖の中、僕はスナドリネコさんを助けることばかり考えていた。(後から思うと、僕一人で助けられると思ってる時点で何も考えれてなかったのだけど。)

「まあまあ大将、そう固くならずに」

一瞬ヒグマが喋ったのかと思ったが違った。
僕からだとヒグマの影で死角になってたが、どうやらもう一人いたらしい。見えないけど、

「あいつはお前が思っているような奴じゃない。」

今まで無言を貫いていたスナドリネコさんが一言だけそう言った。

「それはもう聞いたぜよ、」

ヒグマは見た目通り、野太い声で応えた。

あいつ?

僕は緊張に身をこわばらせなから二人の様子を伺う。
スナドリネコさんの友人の話だろうか、日は浅いが彼と一緒に暮らしている僕だけど、スナドリネコさんのことをあまりよく知らない。
彼が自分の話をする事は少ないし、猫の僕が見てもまあよく寝てる御仁だから、僕も無理に聞き出そうとはしなかった。
不謹慎だけど、すでに僕の胸を高く鳴らしているのはヒグマへの恐怖だけではなくなっていた。

ヒグマは若干苛立ちを隠せず、スナドリネコさんを指さした。

「いいから今日こそあいつを出してもらうぜよ、あいつに会うまではここを離れるきはない!」

ヒグマの一声に僕は再び泣きたくなった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ