オリジナル小説

□メモリー
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秋の香りがする。
松茸や、落ち葉や、あの愛らしくも香り高い金木犀の香り達ではなく、焼き芋が私にとっての、秋の香りだ。


そして、その香りを―……矢小田公園を通る辺りに、私の鼻腔が勝手に感じようとするのだ。もちろん、焼き芋など、どこにもないのに。
消えかかっている電灯の下を歩く。単語帳を見ながらロングスカートを翻して、私は焼き芋の香りのする公園を覗き込んでみた。
やはり、何もない。
いや、遊具ぐらいならあるが、さすがは都会の公園。申し訳程度にしかない。
利用者が少なくて、気に入っていたのだが、その利用者の少なさからこの公園も、もうすぐつぶれ新しいマンションが建つのだという。
都会は大忙しだ。無駄なスペースなんて作らずに、すぐに建物を敷き詰めてしまう。もしかしたら、都会人の心の切羽詰まりもそこからきているのかもしれない。

私ももう、高校三年生だ。ベンチに腰を掛け、空を仰ぐ。何もない。誰も居ない。そして、やはり、焼き芋の香りだけがしている。

私は目を閉じた。











「わああん、お母さーん!」
舌足らずな叫び声。こういう声をあげるのは意外にも男の子がほとんどだった。
女の子だった私は、それでも次第に暮れていく空と、家へ帰っていく親子の姿に焦燥感を抱かずにはいられなかった。
「だいじょうぶよー」
本当に怖い子が叫ばないで黙り込むように、本当に悲しい子は泣き喚いたりなんてしない。
とでも思っていたのだろうか。
私は、涙を流していない自分の方が悲しいのにと、絵本に顔を埋め汚い窓から狭い遊び場を見ていた。

 お母さんは、まだ、迎えに来ない。
「いいこね。もうすこしだからね」

「おかあーさーん」
「こらこら、私はおかあさんじゃないって」
りんご組の綺麗なおねえさんに抱き付く、男の子。なんか、ショックだった。
ドッジボールの時、庇ってくれたから格好いいと思っていたのに……。
あんなガキだったんだ。最悪。
マセた私はそんなことを思う。
「たーくんはせんせいのことすき?」
「うん! いちばんだいすき!」
それは、私にも言った言葉ではなかったか。
私は、トイレに行く、と言って、立ち上がった。クレヨンの汚れがべっとりついたワンピを揺らして、出て行く私を背後から呼びかける声があがる。

「おトイレは右奥にあるからねー。ひとりでいける?」

この施設はすこしフクザツで。私は不安だったけど、どうせトイレに行くために出て行くわけではないし、特になんの返答もなしに、冷たい廊下をぺたぺたと歩いた。
そのまま遊び場につながる廊下には、仕切りがなく、落ち葉が散らばっていた。パリパリと音をたててやぶれるソレ。
お母さんは、多分もうすぐくる。

なのに、この時私は、好きな男の子がおねえさんに抱きついている部屋に戻りたくなくて一人で外に出てみたのだった。
そして、そのまま家に帰るつもりでいた。一人で帰られるようになったら、お母さんも喜ぶかもしれない。
大丈夫。あんなに何度も送り迎えしてもらっているんだから。そう思って踏み出した世界は、身長のせいかものすごく広く感じて……




 最初は冒険してるみたいで楽しかった。
まあ、不安になるのは、そのあと、すぐの話で




完全に、迷ってしまった。
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