The world that was tied up

□標本
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璃華子ちゃんと美術室に2人きり。
不気味な絵に囲まれて話すのは少し不快だったが、不思議と絵は上手いと思った。

「璃華子ちゃんは、絵がお上手ですね」

「ふふ、名無しさんちゃんにこの絵の魅力を分かって貰えるなんてね」

と自分の作品を慈しむように撫でる。

「え、いや、あの…魅力は分からないです…」

こんなことを言えば怒られてしまうだろうか。
心配する私を余所に彼女は言葉を紡ぐ。

「そう…それは残念ね」

「で、でも本当にお上手だと思います」

フォローというつもりは無いが取り敢えず褒めておく。
すると彼女は少しだけ嬉しそうな表情を見せた。

「それなら…今度名無しさんちゃんにも教えてあげようかしら?」

「え?」

「上手な絵の描き方」

少し不気味だと思っていたが、彼女とは仲良くなれるような気がした。



とある一室に1人の執行官と1人の監視官。

「少なくともあんな死に方をするような男じゃなかった」

訝しげに淡々と昔のパートナーについて語る。

「死体の写真は見たか?」

「…はい」

監視官は少し躊躇いながら返事をするが、執行官は気に留めることもなく話し続ける。

「死体はホログラムイルミネーションの裏側に配置されていた」

「はい…」

それは既に唐之杜から聞いた情報だった。
あの残酷な死体が脳内に浮かぶ。

「イルミネーションの内容は知ってるか?」

「いえ、そこまでは…」

「薬品会社の広告だった。安全なストレスケア、苦しみの無い世界へ。佐々山は標本化される前、生きたまま解体されたことが分析で判明した」

そこまで言うと、彼は悔しそうに握り拳を作る。
もし犯人が今目の前に居たならば、その拳を犯人にぶつけていただろう。

「犯人のメッセージみたいだったよ…苦しいだけが人生だって。
それを仕出かした奴を同じ目に遭わせてやりたいと…いつからかそんな風に思うようになった時点で、
監視官としての俺はもう終わってた」

「後悔はありませんか?」

「自分の行動に後悔はない。
問題は未解決なこと。この一点に尽きる」

その答えを聞いた監視官は少し考える素振りを見せた。

「3年前…藤間 幸三郎に手を貸した共犯者…今でも使えそうな手がかりは何かありますか?」

「あぁ」

監視官からの問いかけに答えると、その場から離れた。
そして何かを片手に戻ってくる。

「佐々山が撮った写真がある…酷くピンボケだがな」

そう言うと部屋の奥から持って来た1枚の写真を渡す。

「佐々山の使ってた端末に保存されていた」

その写真に写っていたのは1人の真っ白な男と、
唐之杜の部屋で見た女の子。
ピンボケしていたものの、監視官はすぐにその女の子に気付いた。

「この子…藤間 幸三郎とも…」

「あぁ、こいつが2人の共通点とも言える」

「この男…名前とかは?」

「画像ファイルのタイトルは…
マキシマ、だった」



薄暗い部屋の中に男女が3人。
ある男は今時珍しい猟銃を丹念に磨き、ある男は淡々と話し続け、ある女はその男の膝の上で黙って話を聞いている。

「ユーストレス欠乏性脳梗塞。ま、公認の病名ではありません。原因不明の心不全として処理されている死因の大方は実はこの症例に該当すると言われています」

「?じゃあ嘘の死因を公開しているってことですか?」

問い掛ける為にマキシマの方を振り返ると、リン、と鈴の綺麗な音色が脳内に流れ込む。

「あぁ、そういうことだよ」

正解した私にご褒美とでも言うように頭を撫でる。

「過度のストレスケアによる弊害だそうだが」

この時点で私は話について行けなくなった。
率直に言ってしまえば、サイコパス診断のせいでストレスという感覚が麻痺してしまった事が原因らしい。

「嘆かわしい限りだな」

「…シビュラシステムは結局悪いもの、なんですね」

ポツリ、と呟けば2人とも私の言葉に反応する。

「そうだね…少なくとも君を縛り付けているという点では悪だ」

そう言って私の首にある鈴を慈しむように撫でると、泉宮寺さんが
いやぁ、お若いねぇ、なんて言ってくるものだから一気に恥ずかしくなった。

「で、でもそれだけじゃないです…璃華子ちゃんのお父さんまで…」

そう、璃華子の父親もまたその症例に該当する人間であり、先日とうとうこの世を去った。

「つまり、その少女の犯行の動機は父親の復讐かね?」

「!」

「さて、どうでしょう。
願わくば、更に向こう側の意義を見出して欲しいものですが」

そう言う彼の目はどこか遠くを見詰めていた。

「…そこまで、期待して大丈夫なんですか…?」

ここまで期待されて、それに応える事が出来なければ殺されるということは前の事件で名無しさんも痛い程に分かっていた。

「随分と少女の心配をするのだね…いつの間にそんなに親密になったのかね?」

泉宮寺さんは興味津々で聞いてくる。

「あ、いや、そこまで親密な訳じゃありませんが…仲良くなれそうだなと…」

それが少し恥ずかしくて、あわあわしながら返答する。
でもマキシマさんの目は依然冷たいままで。

「もし王陵 璃華子が僕の期待にも応えられない程度の人間ならば…
名無しさん、君と親密になる権利など無いんだよ」

この言葉を聞いて、少し悲しさを感じた。
それと同時に、マキシマさんは既に璃華子ちゃんをどうするのか、もう決めてるんじゃないか。
そんな気がした。
しかし、人殺しを楽しんでいる璃華子ちゃんを可哀想だと思ってしまっている私は一体シビュラシステムをどう思っているのだろう。
そんな疑問だけが頭に残った。
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