書物

□山口忠生誕祭2014
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《憧憬》

『月島と別れたんだって?』

久々の電話がそれか……けれど不躾な質問が影山らしくて苦笑してしまう。

「うん……別れたよ」

影山はそうか。と応え、それから何も話さなくなってしまった。

「話はそれだけ?」

『いや……』

と短い声の後、物が動く音や人の言い争う声が聞こえたかと思うと、

『山口!』

明るい、懐かしい声が聞こえた。

「日向?久しぶりだね」

『久しぶり。来週の土曜日、山口の家行ってもいいか?』

「え、いいけど……」

『ありがとう。これから練習だからもう切る、じゃあまたな!』

ツー、ツーという規則的な機械音が流れ始める。
泊りにくるのは本当に構わないのだけど、会話のあまりの速さに携帯を呆然と眺めてしまった。










「こんちは!久しぶりだな山口ー」

太陽のような日向の笑顔に目を細める。

朝7時。

まさかこんな早くに来るとは思わず、パジャマと寝癖を付けたまま日向を出迎えた。

「ごめんな、こんな早くに」

「気にすんなよ。練習とかでいろいろ大変なんでしょ。朝食は食べてきた?」

「まだ食べてない」

「じゃあ、日向の分も作るよ。着替えてくるから待ってて」

日向を適当に座らせ、洗面所へ。
朝食のメニューは決めてあるし、一応日向の分も用意しておいて正解だった。

「お待たせ」

「朝ごはんは何?」

調理台に立った俺に駆け寄ってきた日向を見下ろす。ちなみに日向の身長は前と全く変わっていない。

「味噌汁と鯖の味噌煮、サラダとご飯、そして!」

俺は昨日買ってきたものを冷蔵庫から取り出し、日向に突きつけた。

「卵!卵かけ御飯にしてね」

「おおー‼︎」

目をキラキラさせてその卵を受け取る日向。まさかそんなに喜んでもらえるとは。

朝食は高校の時の話で盛り上がった。出会ったときはそんなに仲良くなかったことや、合宿、春校……時間がいくらあっても足りないくらい、話すことがいっぱいだ。
けれどご飯を食べ終わり、一旦落ち着いたところで日向は重々しく口を開いた。

「なんで、月島と別れたんだよ」

なんとなく、そう聞かれる気はしていた。話してる最中も切り出すタイミングを見計らっている素振りがあったし。

「俺が弱いからだよ」

俺は日向の前にお茶を置き、正面の椅子に腰掛ける。

「俺、大学卒業してまだ就職してないんだ」

大学から始めたアルバイトを続け、それで今は食いつないでいる状態。

「俺なんてなんの取り柄もなくて、これから適当に職を決めて毎日代わり映えのない日々を過ごしてくんだって考えたら、好きなことを続けてるツッキーが……日向たちが羨ましくなったんだよ」

日向は俺の言葉を静かに聞いてくれている。俺は言葉を続けた。

「そしたらさ、ツッキーの側にいればいるほど、自分が惨めに思えてきてさ。耐えられなくて」

だから、別れた。そう言って苦笑すれば、日向は困ったような泣きそうな顔になった。

「それ、月島に言ったのか?」

「言ってない」

「なんで?月島ならきっと山口の気持ち、受け止めてくれるじゃん」

日向の声は責めるようなものではなく、宥めるような優しい声だった。

「分かってるよ……だから言いたくない」

日向は首を傾げる。

「どういうことだ?」

「ずっとツッキーにおんぶに抱っこじゃ嫌ってこと」

小学生の頃、ツッキーに助けてもらったときから、ずっとツッキーに支えられてた。きっとツッキーはそんなつもりないだろうけど。


「そんなこと……」

「日向。もうやめよう、この話し」

俺は日向の言葉を遮り、席を立つ。

「でも、山口!」

「お願い」

「…………分かった……」

「ありがとう」

「……片付け、手伝う」

日向は俺の隣に立ち、洗い物をしてくれた。

「ごめんね」

日向は俯き気味に首を大きく左右に振った。

俺が日向のように真っ直ぐで、明るくて人を前向きにしてくれるような人間だったら良かったのに。
そしたらきっと、ツッキーを支えられた。ツッキーの隣に立っていれた。




日向、俺は高校のときからずっと、お前に憧れていたんだ。









夕方。
日向は帰る前に「11月10日夜7時のお前の好きなバラエティ番組見てくれよ!俺出るから」と言い残し、去って行った。





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