書物

□山口忠生誕祭2014
3ページ/3ページ



《相愛》


今日が日向が出るという番組の放送日だったのだけれど、バイトが10時上がりだったためリアルタイムでは見れなかった。
俺はバイト終わりで疲れた足を動かし、録画した番組を見るべく家路を行く。
明日は午後から講義だと言っても、せめて日付が変わる前にはアパートに着きたい。



しかし念願のアパートに着いたにも関わらず、俺の足は止まってしまった。

「山口……」

「なんで、ツッキーがいるの」

自分でも驚くくらい冷たい声だった。
ツッキーが俺に近づく。俺はツッキーと距離を取る。

「昨日のテレビ見てないの?」

「テレビ?朝のニュース以外見てないけど……」

「そう」

するとツッキーは不機嫌そうに眉を寄せた。でもそれは一瞬で、すぐ元に戻った。

「少し話したいんだけど」

「聞きたくない」

「山口!」

俺はツッキーの横を通り過ぎ、自分の部屋まで全力で駆け上がった。鍵を開け、扉を閉める。

「残念だったね」

扉が閉まるまであと数センチ。それは無情にもツッキーの綺麗な手に阻まれた。

「ちょっ!手怪我したらどうすんの?プロとして失格だよ、バカツッキー‼︎」

あまりの驚きに普通では言わないことを口走る俺。
けれどツッキーは涼しい顔して、

「じゃあ、大人しく中に入れてよ。寒くて風邪引きそうだし」

プロバレー選手にそう言われて入れない人間はいないと思う。本当、ツッキーは卑怯だ。
俺は渋々ドアノブから手を離した。

「どーも」

ツッキーは中に入ると、なぜか鍵とチェーンロックをかけた。

「山口がすぐに逃げないようにしとかないとね」

保険だよ。とツッキーは笑う。
はっきり言って怖い。この笑顔は怒ってるときによく見る。

「日向から全部聞いた」

「聞いたって……」

「別れるって言った理由」

「そう」

俺は興味なさげに相槌を打つ。上着を脱ぎ、暖房をいれていつものソファに座った。それに合わせてツッキーも隣に座る。

「お前は馬鹿なの?」

「ツッキーよりはバカだよ」

成績的に。

「そういうことじゃなくて。僕は山口をおんぶも抱っこもした覚えない。むしろ山口がいたおかげで今の僕がいる」

「嘘つき」

「嘘じゃない。山口がいなかったら僕はバレーなんかとっくに辞めてた。あの日、合宿で山口が言ってくれたからだ」

『プライド以外に何が要るんだ‼︎!』

「あの言葉は今も忘れない。あれがなかったらきっと……」

「でも納得できないって言ってた」

結局ツッキーを変えたのは黒尾さんや木兎さんたちだ。俺は何もしてない。
しかもあの合宿は俺だけが呼んでいた”ツッキー”を取られたという苦い思い出もある。

「でもきっかけは山口だ。山口がいなきゃ僕はきっと……」

ソファの隅に座っていた俺の左手をツッキーは痛いくらい強く握った。

「山口は何もない奴じゃない。でももし、何もないと思うなら。なりたいものもやりたいこともないのなら」

ツッキーは手を握ったまま、ソファから立って俺の前に片膝をついて座った。
その構図がプロポーズの瞬間みたいだと心の中で思った。

「俺のために料理を作って。洗濯や掃除もお願い。お金は俺が稼ぐから不自由はさせない。俺の、お嫁さんになってください」

「俺男だよ?お嫁さんになれない」

「知ってる。言葉の文ってやつだから」

「俺、ツッキーの側に居ていいの?俺なんかが……」

「なんかじゃないし、僕が山口にいて欲しいんだよ」

俺は泣きながら頷いた。ツッキーも満足そうに笑う。

すると、掛け時計が夜12時を指し示し音楽を流した。

「誕生日おめでとう、山口」

そう言うと、左手に冷たい感触。
詳しくいえば左の薬指……

「ツッキー、コレ!こここここここ婚約!」

「鶏じゃないんだから。そう、婚約指輪」

笑ながら指輪を付けた手にツッキーの手が絡んでくる。

「これからもよろしく、山口」

そっとキスしてくれるツッキー。
きっと俺は今日のことを忘れない。忘れることなんてできない。





#
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ