書物
□山口忠生誕祭2014
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《相愛》
今日が日向が出るという番組の放送日だったのだけれど、バイトが10時上がりだったためリアルタイムでは見れなかった。
俺はバイト終わりで疲れた足を動かし、録画した番組を見るべく家路を行く。
明日は午後から講義だと言っても、せめて日付が変わる前にはアパートに着きたい。
しかし念願のアパートに着いたにも関わらず、俺の足は止まってしまった。
「山口……」
「なんで、ツッキーがいるの」
自分でも驚くくらい冷たい声だった。
ツッキーが俺に近づく。俺はツッキーと距離を取る。
「昨日のテレビ見てないの?」
「テレビ?朝のニュース以外見てないけど……」
「そう」
するとツッキーは不機嫌そうに眉を寄せた。でもそれは一瞬で、すぐ元に戻った。
「少し話したいんだけど」
「聞きたくない」
「山口!」
俺はツッキーの横を通り過ぎ、自分の部屋まで全力で駆け上がった。鍵を開け、扉を閉める。
「残念だったね」
扉が閉まるまであと数センチ。それは無情にもツッキーの綺麗な手に阻まれた。
「ちょっ!手怪我したらどうすんの?プロとして失格だよ、バカツッキー‼︎」
あまりの驚きに普通では言わないことを口走る俺。
けれどツッキーは涼しい顔して、
「じゃあ、大人しく中に入れてよ。寒くて風邪引きそうだし」
プロバレー選手にそう言われて入れない人間はいないと思う。本当、ツッキーは卑怯だ。
俺は渋々ドアノブから手を離した。
「どーも」
ツッキーは中に入ると、なぜか鍵とチェーンロックをかけた。
「山口がすぐに逃げないようにしとかないとね」
保険だよ。とツッキーは笑う。
はっきり言って怖い。この笑顔は怒ってるときによく見る。
「日向から全部聞いた」
「聞いたって……」
「別れるって言った理由」
「そう」
俺は興味なさげに相槌を打つ。上着を脱ぎ、暖房をいれていつものソファに座った。それに合わせてツッキーも隣に座る。
「お前は馬鹿なの?」
「ツッキーよりはバカだよ」
成績的に。
「そういうことじゃなくて。僕は山口をおんぶも抱っこもした覚えない。むしろ山口がいたおかげで今の僕がいる」
「嘘つき」
「嘘じゃない。山口がいなかったら僕はバレーなんかとっくに辞めてた。あの日、合宿で山口が言ってくれたからだ」
『プライド以外に何が要るんだ‼︎!』
「あの言葉は今も忘れない。あれがなかったらきっと……」
「でも納得できないって言ってた」
結局ツッキーを変えたのは黒尾さんや木兎さんたちだ。俺は何もしてない。
しかもあの合宿は俺だけが呼んでいた”ツッキー”を取られたという苦い思い出もある。
「でもきっかけは山口だ。山口がいなきゃ僕はきっと……」
ソファの隅に座っていた俺の左手をツッキーは痛いくらい強く握った。
「山口は何もない奴じゃない。でももし、何もないと思うなら。なりたいものもやりたいこともないのなら」
ツッキーは手を握ったまま、ソファから立って俺の前に片膝をついて座った。
その構図がプロポーズの瞬間みたいだと心の中で思った。
「俺のために料理を作って。洗濯や掃除もお願い。お金は俺が稼ぐから不自由はさせない。俺の、お嫁さんになってください」
「俺男だよ?お嫁さんになれない」
「知ってる。言葉の文ってやつだから」
「俺、ツッキーの側に居ていいの?俺なんかが……」
「なんかじゃないし、僕が山口にいて欲しいんだよ」
俺は泣きながら頷いた。ツッキーも満足そうに笑う。
すると、掛け時計が夜12時を指し示し音楽を流した。
「誕生日おめでとう、山口」
そう言うと、左手に冷たい感触。
詳しくいえば左の薬指……
「ツッキー、コレ!こここここここ婚約!」
「鶏じゃないんだから。そう、婚約指輪」
笑ながら指輪を付けた手にツッキーの手が絡んでくる。
「これからもよろしく、山口」
そっとキスしてくれるツッキー。
きっと俺は今日のことを忘れない。忘れることなんてできない。
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