書物
□猫は人になりたい
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山口に近づいたスガエルと呼ばれた青年が傘を山口に傾ける。
「良かった……すぐに見つかって」
肩で息をしていた彼は、安堵のため息を吐いた。けれど山口は正反対の表情を浮かべる。
「俺、猫に戻っちゃうの?もうツッキーと話せないの?」
自分を猫にしたスガエルが目の前にいる。もしかしたら猫に戻されてしまうのかもしれないという不安が山口を襲ったのだ。
「山口……」
青年はしゃがみ、山口に視線を合わせた。
「俺は菅原孝支」
「スガエルさんじゃないの……?」
「違うよ。山口、月島が探してる。行こう」
スガエルさんと同じ、とても優しい笑顔で言われ、思わず菅原の手を握っていた。
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「山口ぃぃぃぃい‼︎」
部室で菅原に髪を拭いてもらっていると、外から帰ってきた日向が飛びかかってきた。
山口はやっと顔見知りに会い、安堵の表情をこぼす。ここにいないのは月島だけ。
早く会いたい山口は、そわそわと扉の前で月島の待つ。
「山口、まだ乾いてないよ」
と、菅原が山口を抱き上げようとしたとき、
ガチャッ
部室の扉が開いた。
そこからは雨に濡れた月島が入ってきた。
「ツッキー⁉︎」
ずぶ濡れの月島に驚きの声を漏らす山口。
「こ、これ使って?少し濡れちゃってるけど……」
山口は自分の使っていたタオルを慌てて差し出す。しかし、月島はそれを受け取らずに、ただ下を向いていた。
「ツッキー?」
さらに近づこうと、山口が歩を進めようとした。
「バカじゃないの⁉︎」
あの月島が声を荒げた。
皆が目を見開き固まる。
「こんな暴風雨の中、親にも言わずに子供だけで出歩くなんて!」
月島の目は山口の目を見据えた。
「どれだけの人に迷惑かけたと思ってるの。反省するまで家に帰ってこないで。影山のとこにでも行けば?」
そこまで言わなくても、と言いかける田中を菅原が制した。
「や、ヤダ、ツッキーと帰る!」
月島は何も返さずに山口の横を通り過ぎ、自分のロッカーへ向かう。その後を山口は慌てて追いかけた。
「傘ないと思って……今日、俺が晴れるって言っちゃったから……でもお母さんも忙しそうで、それで、俺だけでも届けられるって、思っ……」
糸が切れたように、山口の目から涙が溢れ出す。
「ごめ、なさ……ごめんなさいツッキぃ」
無言の月島。
泣きじゃくる山口。
「ツッキー、もう俺の、こと、嫌い?」
周りがなんとも言えない表情で二人の光景を見ていると、
「はぁ……」
月島のため息に、山口が怯えたように体を震わせた。
「……ちゃんと謝ったから、許してあげる」
そして月島の手によって山口の体は持ち上げられ、月島の腕の中に収まった。
「嫌いになるわけないでしょ?……すごく心配した。もうこんなことしないでよね」
「つ、ヅッギィー」
月島の首に腕を回し、目一杯の力で抱きしめた。
「苦しい、山口」
「ごめんツッキー」
山口は泣き腫らした目を細め笑う。月島もそれに釣られた。
そのあと少ししてから雨は弱まり、それぞれ帰宅した。
山口は家に帰ってからも月島母に叱られたのは言うまでもない。
−終わり−