書物
□猫は人になりたい
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「朝だよツッキー!」
月島は胸のあたりに重みを感じて目を覚ます。最近馴染みのモーニングコールに、月島は素直に身体を起こした。
ゆっくり上体を起こすのと同時に、胸の上にいた山口がコロンと後転した。
「にゃうっ」
山口は小さい声をあげ、綺麗に立ち上がり月島の膝の上に戻ってくる。「朝ご飯できてるよ!」とか「今日は晴れるって!」と、朝一番に仕入れた情報をペラペラと話す山口に、
「うるさい、山口」
月島は一喝するが、
「ごめん、ツッキー☆」
と悪びれる様子のない謝罪をする。山口は月島に言葉が通じることや、月島のために何かできることが嬉しくて堪らないのだ。
月島は山口を抱き上げると、リビングへと降りて行く。
数日前まで月島は家族に山口をどう説明しようかと考えていたが、山口の姿を見ても両親は驚かずに当たり前かのように振舞ってきた。もしかしたら、あのスガエルとかいう奴が細工をしたのかもしれない。そんな非現実を信じたくはなかったが、答えのない答えを探すのが面倒だったため、それで自分の考えに終止符を打った。
山口が人間になってから、どんなことも山口は月島に習ってついて行く。顔を洗うのも、歯を磨くのも、ご飯を食べるのも全部真似する山口。
真似を止めるよう、月島が山口に言おうとするも、
「なぁに、ツッキー?」
と笑う山口を見て口を閉じた。しかし、いつも笑っている山口にも、表情が曇る瞬間がある。
「行ってきます」
月島が出かけるときだ。
今日は土曜日で、午後練がある日。
「ツッキー、行ってらっしゃい……」
無理して作る笑顔に月島はなんとも言えず、山口の頭をぎこちなく撫でてから家を出た。
−−ー−−−−−−−−−−−−
月島が部活へ行って、どのくらい経っただろうか……
ポツ…ポツ、ポツと、音がし始めた。山口が洗濯物を畳む手を止め、窓辺に走り寄った。
「今日、晴れるって言ってたのに」
ツッキー、傘持ってってない。山口はそのことを月島母に伝えようとする。
「おか……」
そこで山口は思いとどまる。今お母さんは持ち帰った仕事やご飯の支度で忙しい。お父さんは仕事でいない。
「…………よし!」
何かを決めた山口は、月島の部屋の”山口専用棚”から黄色いものを取り出す。
それは、そろそろ梅雨の時期だからと衣類と一緒に月島が選んでくれたカッパだった。カッパを着た山口は、鏡の前で自分の姿を確認する。満足気に頷くと、玄関へと向かった。
新しいカッパに長靴。
ツッキーに渡すお菓子。
ツッキー用の自分より少し大きい傘。
最終確認をした山口は、人間になって始めての外に意を決して飛び出した。
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