ちょっとした小噺
□さらば古都よ
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早朝、俺は日課のジョギングをしていた。
もうすぐ4月だというのに、朝早くはまだ冬かと思わせるほど、外気が俺の体に染み込んでくる。
地元を走るJR神戸線にかかる陸橋を渡っていると、撮鉄が一人、三脚を立てて撮影のスタンバイをしていた。
―こんな朝から、今日はネタは無いはずやから、貨レ狙いか…
自分も撮鉄であるのでそんな事を考えて立ち止まると、ふと数年前の思い出が甦ってきた。
時計を見ると、7時ちょっと前だ。
―ホントならあと数分でアイツが通過する時間か…
数年前まではアイツはここを走っていた。
桜が咲く春の朝も、蒸し暑い夏の朝も、少し肌寒くなってきた秋の朝も、雪が降る冬の朝も、古都へと向かう乗客を乗せて…
2008年3月14日―
大勢の人で混雑するホームに、定刻通りその列車は滑り込んできた。
列車の名前は、長崎に向かう6両編成の「あかつき」と、本来なら熊本に向かうが、今日は鳥栖までしか走らない5両編成の「なは」だ。
どちらも、長年に渡り関西と九州を結んできた、歴史ある列車だ。
列車が停車し、下関までの牽引を担当するロクロクことEF66型電気機関車から、運転士と、客車の乗務を担当する乗務員が降りてくる。
「それではただいまより、なは・あかつき号最後の運転に伴い、花束贈呈式を行います。」
JR西日本の職員から乗務員に花束が渡され、フラッシュの光が一斉に瞬いた。
『なは・あかつき号発車いたします』
そのアナウンスのあと、ロクロクの大きな汽笛が鳴り、ブレーキのゆるまる音がした。
汽笛がなった後、
『ありがとうーっ!』
その場に居た皆が叫んだ。
俺も友人達と、
『今までありがとう!』
『お疲れ!』
そう大きな声で叫んだ。
青い客車を、青い力持ちの機関車が力強く引っ張る。
そして、下り最終の「なは・あかつき」は古都を後にした…
その時、俺は久々に涙というものを流した…
その夜、俺達は上り最終の「なは・あかつき」を撮るため、山崎付近の撮影地で、皆と語らいながら一晩を過ごした。
翌日、空は皆の心を写すかのように曇天だった…
そんな中、アイツは、いつもより遅れぎみだが、山崎を長い長い汽笛を鳴らして走り去っていった…
END
→あとがき