そるきゃ2
□君にだけ捧げよう
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寒い気候の中にも、少しずつあたたかい風が吹き始めた3月の終わり。
通学路にはちらほらと緑が顔を見せている。
小さな春の訪れに心を躍らせると同時に、わずかな不安も抱えつつ私は部室から窓の外を眺めていた。
現在は使用者のいないバスクラリネットを丁寧に掃除している。
次の奏者が見つかるときに、美しい姿でお出迎えをしたいからだ。
そんな少し先のことを考えながら作業をしていると、部室の戸が開かれる。
「あ、名無しさん。今朝は早いんだね」
顔を出したのは私のいるパートのパートリーダーを務めている御器谷忍先輩だった。
いつもは私の方が後に来るけど、今日は張り切ってとても早い時間に来たために先輩は少しだけ驚いたようだ。
「はい、今日は使ってないバスクラのお手入れをしようかと思って」
「そっか。名無しさんは偉いな」
僕は自分のことにばかり必死だから迷惑ばかりかけているよね、なんていつもの卑屈節を並べている。
本当はそんなことなんてないのに、こちらが否定の言葉を挟む余地すらない。
もちろんそれが先輩らしさであることは間違いないのだが、多少困ってしまう。
「その楽器、仮入部で使うの?」
「今は使っている人がいないのでその予定です」
私は手に持っていた綿棒で細部の汚れを取り除く。
ずっとケースの中にしまっていただけなのに、意外にも汚れはたくさんある。
学校の楽器でもあるので、なるべく長く使っていくためにも丁寧に扱わなくてはいけない。
この楽器の奏者となってくれる子はどんな人だろうか。
まだ見ぬ存在に思いを馳せる。
「今年はどんな子が入って来ますかね」
「そうだね……名無しさんみたいなしっかりした子が入るといいな」
御器谷先輩はこちらを見て優しく微笑む。
予想だにしていなかった発言に脈動が早くなっていく。
黙ったままでは自分の鼓動が聞こえてしまいそうで、私は慌てて口を開く。
「そ、そそそんな!私よりしっかりした子なんて周りにたくさんいますし、むしろ足を引っ張ってましたしあの、えっと……!」
「ううん、僕は名無しさんにたくさん助けてもらったから。本当だよ」
「〜〜〜っ!」
先輩にさらに追い打ちを掛けられ、私は顔まで熱くなっていく。
私は必死に平静さを取り戻そうと深く深呼吸を繰り返した。
近くで先輩がくすりと笑う声が聞こえたけど、それに反応する余裕すらなかった。
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