わーとり
□眠り姫
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やたらと腹が減っていると思えばとうに昼食の時間は過ぎ、14時を回っていた。
討伐した近界民の後処理を行っていたら任務が長引いてしまったようだ。
俺は帽子を少しだけ深く被り大股で歩みを進めた。
ようやく辿り着いたそこは俺の隊ではない作戦室。
少しだけ乱れた息を落ち着けるように一度だけ深呼吸をして、ドアを開く。
「悪ぃ、待たせ…………」
謝罪を言い切る前に俺は異変に気付いた。
作戦室は誰一人としていない、とでも言うかのように明かりは消されとても暗い。
どういうことだと一歩足を踏み入れれば、こちらに背を向けたソファから誰かの足が力なくはみ出ていた。
「そこか。おい、ごんべさん起きろ」
ソファの背から身を乗り出して見てみれば、案の定ごんべさんは眠っていた。
三度の飯より睡眠というおかしな言葉をよく口にしており、今日もその例外ではないようで、オペレーターの制服を着たまま寝ている。
「ったく、せめて着替えろよな……」
制服を皺まみれにして先日根付さんに怒られたとしょぼくれていたくせに、反省の色が見られない。
ソファの空いたスペースに俺が腰掛けるも、身動ぎひとつせず、気持ち良さそうな寝息が聞こえる。
「……少しくらい気付けっての」
他所の作戦室でもあり、することのない俺はとりあえずごんべさんを見る。
マスカラでくるりと伸びた睫毛。
そういえばこの前ビューラーで瞼を挟んだとか言ってたな。
俺の視線はごんべさんの顔から少しずつ下へと降りていく。
決して寝相がいいわけではないせいか、タイトなスカートが太腿までずり上がっている。
真っ黒なタイツから少しだけ透ける肌色が妙に艶かしい。
俺が少し手を伸ばせば簡単に届く距離だ。
「ほんの少し、か……」
静か過ぎる作戦室で数拍おいて俺は手を伸ばした。
「……ふごっ」
あまりにも間抜けな音に、思わず笑ってしまう。
「くっ……はは、はははっ」
ごんべさんの鼻を摘んでいた手を放し腹を抱えて笑っていれば、俺の横でがばりと勢いよくごんべさんが体を起こす。
「て、テツ!?いま私の鼻摘んだのテツなの!?」
あまりに突然の出来事に、目の前にいた俺の名前を何度も連呼している。
その余りにも間抜けな姿に、落ち着き始めていた笑いがまた込み上げた。
言葉を返さず笑い続ける俺に、ごんべさんは不機嫌そうに頬を膨らませる。
「ねえ!もう!聞いてよ!その起こし方やめてって言ったじゃん!」
文句を言いながら俺の背中を何度も殴るも、大した痛みもない。
「で、今日は何の夢見てたんだ?」
ごんべさんは見た夢を鮮明に覚えていることが多い。
寝ているときに見た夢をあまり覚えていることのない俺は、ごんべさんの見た夢を聞くのが好きだ。
そのことを知ってかごんべさんは殴るのをやめて真剣に夢の内容を思い出そうとする。
「今日はね、眠り姫の夢を見た」
「へえ、お前は魔女にでもなってたか?」
返事の代わりに平手が背中を打つ。
少しだけヒリヒリした。
「テツが起こさなければ王子様のキスで目覚めるところだったのに…」
ぶうぶうと唇を尖らせて恨めしそうにこちらを見る。
俺の隊は落ち着いた奴が多いせいか、ころころと表情が変わるごんべさんが面白くて仕方ない。
「悪かったよ、これで許してくれるよな?」
そう言って俺はごんべさんに触れるだけのキスをした。
「おはよう、俺の眠り姫」
荒船ならくさいセリフを言っても
許されると思っている節があります笑
2015.12.01 更新