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□かわいいこ
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気を取り直して、出入り口の方に目を向ける。
呼ばれているとは言われたが、別に、知り合いの姿は見当たらない。きょろきょろしつつ、パンを上回る甘さのカフェオレを飲む。うまー。

「あいつじゃねえの」
大人しくなっていた友人が、いつまでもきょろきょろしている俺を見かねたように一方を指差した。指の先には、見知らぬ一年生がいる。
なぜ一年生だと分かるのかというと、制服の胸ポケットの部分のラインが緑色だったからだ。学年カラーは、分かりやすくていい。

「あれ誰?」
「知らねーよ。呼んでるっつーんだからとっとと行ってやれって」

興味無さそうに、かわいそうだろと付け加える友人に目を剥いてから、俺は大人しくそちらに向かった。何やら気に触ることでもしただろうか。心当たりは、あまりない。

お相手は、一年生だというのに俺と張るくらいに背が高くて、しかも男前である。正直顔面偏差値的にはがっつり負けていると思う。しかしそんなことは気にしない。だって男は顔じゃないから―! 心中でどや顔を決めつつ、彼の前に立つ。
そこに親の敵的な悪行を成した虫でも張り付いているのかというほど、引き戸の桟を凝視して俯いていた男前が、弾かれたように顔を上げた。

近くで見るとよりいっそう男前である。なにやら光輝いているような気がする。

「やあ、何か用かね」
威厳たっぷりに、しかし威圧しない程度の茶目っ気も含んだ、年上らしいと我ながら褒めてやりたい第一声だった。

男前はくっきりとした目でじっと俺を見て決心したように唇を開いた。お肌すべすべだなーと俺は思った。

「間明…祥司、さん」
「はいよ」
「お話ししたいことがあります。一緒に来て頂けますか」

小生意気そうな、というか、少しばかり素行不良っぽい雰囲気の見た目からは想像しなかった至極丁寧な口調だった。
真摯な目がゆらゆら揺れている。なんだ、喧嘩を売られるわけではないのだなと気が弛んだ俺は特に考えることもなく「あ、いいよー」と持ち前の軽い調子で了承していた。


そんなこんなで男前くんに連れてこられたのは、校舎の屋上だった。果たし合いにぴったりの場所ね。
ぐんぐん階段を上っていく彼に、どこまで行くのと聞くタイミングがなくて、結局俺は大人しく後を追ってきたのだ。

こちらを振り返った男前くんの髪が風に揺れる。引き結ばれた、一度もがさついたことなどなさそうなぷるぷるの唇を見たら、イチゴオレが飲みたくなった。
戻るときに買っていこう。

「突然お呼び立てしてしまい、申し訳ございません」
「おぉ、かまわんよ」
「俺は、都築基成と言います」
「ツヅキきゅんね、よろしく。俺は、間明祥司でぇす、てのは知ってるんだっけ」
「はい」
頷いた都築きゅんがまた黙り込む。俺はなんのお話だろうと聞いてあげるよ、そんなに緊張しなさんな、という気持ちで彼が再び口を開くのを待った。

「あ、の……」
「なあに」

いい子だからぷるぷるするのはやめなさいね。母性が芽生えそうだから。女子高生になれなかったのに母になってしまいそうだから。
優しい、俺の友人が聞けば鳥肌をたてそうなくらい似つかわしくない、優しい声で促してあげると、都築きゅんはこくっと唾を飲んでから俺の目を真っ直ぐに見た。目力が強すぎて睨まれているようだ。


「俺、ずっと前から―間明さんのことが好き、です」

意を決したように一生懸命に都築きゅんはそう言った。
後輩からの呼び出し、屋上、ド緊張していた目の前の子。

これだけ要素が揃っていても呑気な俺の脳はおやおや? と思うことはなかった。もしかして? と思うこともなかった。呑気な脳みそのおかげで今の俺は目ん玉がとびでるんじゃないかというくらい驚いている。

ええー、だってだってこの子めっちゃ良いお顔してるぞ。選びたい放題したい放題酒池肉林も可能でしょうになんだって俺?
10秒くらい思い切り間抜けな顔を晒して都築きゅんを見ていた俺は漸く合点がいって両手を打った。
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