short

□かわいいこ
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「ああん、ちょっと見てよ祥子ー。爪欠けちゃったんだけど! まじ最悪ぅ」
「まじやばーい」
「もー、気になるー。爪切り持ってないー?」
「まじやばーい」
「ていうか、知ってるー? この間から食堂でジャンボパフェがメニューに追加されたのぉ。食べたいよねえ、でも太っちゃうー!」

年中ダイエットって感じー。昼休みの教室に低い声が響く。焼きそばパンの包装を剥がしながら、俺はまじやばーいともう一度言った。
禍禍しいものを見るようなクラスメイトの視線がざくざくと突き刺さっている。女子校生ごっこがしたいとのたまった友人は、俺の三度目のまじやばーいを受けて急にすんっと表情を消した。そして焼きそばパンに噛みつく俺に眇めた目を向ける。

「ちょっと祥子ったらー、さっきからまじやばいしか言ってないんですけどぉ」
先程までの、のりにのった様子とは比べ物にもならないほど棒読みだしドスのきいた声だ。ゴリラが威嚇している。しかし言葉遣いは、女の子口調を意識しているらしい間延びした口調のままである。
俺の知っている女の子はそんな話し方をしないので、きっとこいつと俺の知っている女の子は別物なのだろう。

購買の数量限定焼きそばパンをむっしゃむっしゃと咀嚼しながら、俺は今度も「まじやばーい」と律儀に応じてやった。パンに塞がれてたいへん不明瞭な音だったが、まあいい。
友人は焦れたように机を叩いた。大柄で筋肉質なこいつの殴打の音はぺしぺしなんて可愛いものではなかった。さながらゴリラのドラミングである。

俺は机に罅が入ったのではと危惧して、焼きそばパンを頬張りながら表面の天板を検分した。

「おいっ、お前の女子校生はなっとらん!!!」
「えー何が? ちゃんと付き合ってやってんのに失礼なやっちゃなー」
「お前の知ってる女子校生はまじやばいだけで意思疏通を図るのか!」
「そんなわけねえじゃん、うける」
「こいつ……!」
ぴきぴきしている友人の怒りのポイントが分からない。大きく開けた口に最後のひときれを放り込んで、首を傾ける。
遊びに付き合ってやったのに、何が不満だというのか。

「てか、これは何を楽しむ遊びなん?」
「女子高生の風を感じたかった」
「などと供述しており……」
「馬鹿にしてんじゃねえぞ! こんな男しかいないムサいとこに居たら女子校生の華やかさを感じたくなっても仕方ねえだろうが!!」

ゴリラの親戚のような友人が女の子の真似をしたからといって、華やかさは感じられないどころかクラスメイトたちの視線からも分かるとおり禍々しさしかないので同意しかねる。
目的達成ために選ぶ手段がこいつの頭の悪さをこれでもかと見せつけていて可哀想。

がんっ、と友人は主張と同時に空席の椅子を蹴った。相も変わらず足癖が悪い。

首を回すついでに教室を見渡すと、クラスメイトは触らぬバカに祟りなしとばかりに目を逸らしていた。ちなみにバカとは友人のことであって、もちろん俺は含まれない。
このバカは、やたらとでかい体にやたらと筋肉をつけて、短い髪はブリーチし過ぎて白みがかっている上に人相が悪い。不細工というわけではないが、つまり強面なのだ。
素行良好な優等生が多いこのクラスで、友人はビビられているようだった。そんなこいつとつるむ俺もそれなりに浮いている方かもしれないが。不都合はないので構わん。

「ムサいのはお前な。筋肉落とせば?」
「はあ? 俺の肉体美ナメんなよ? 見るか?」
「あー見ない、見ない。見るなら肉付き薄めの白肌がいいー」
拒絶しながらメロンパンの袋を破く。外はカリカリ、中はもふもふ。これはメロンパンの鉄則である。

「あ、あの……、間明くん」
「んん?」

まだ何かぐだぐだと言っている友人を無視してメロンパンのカリもふを堪能していると、恐る恐る一人のクラスメイトが話し掛けてきた。所在なさげに傍らに立つ彼を見上げる。
黒髪、眼鏡。クラスメイトなので顔は分かる。勿論。しかし、名前が出てこない。

「ええと、呼ばれてる、よ?」

何君だったかなー。考えていたら、思い出す前に彼はそう言って出入り口の方を指差すと、「それじゃあ、」とそそくさ去ってしまった。

あー。思い出せたかもしれないのに。
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