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□青色スピカ
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冴木がむっとしたことに気が付いたのか、赤間は楽し気に笑みを浮かべた。
彼は冴木をむっとさせるのが楽しくて仕方がないらしくいつもこうだった。


「やるよ。熱中症になりそうなくらいあっついからなー今日」
「え」

とん、と伸ばしていた膝の上に冷えたペットボトルが落とされた。さっき冴木の頬に触れたものはこれだったらしい。
青いラベルのスポーツ飲料はまだ開封されていないようだ。わざわざ買ってきてくれたのだろうか。

沸き上がったのは単純な嬉しさではなく、もっと甘いものを含んだ感情だった。それは冴木の鼓動を高鳴らせ、頬に熱を上らせる。
こんなことでこれほどに喜びを感じてしまうのは、それが冴木にとって特別なことだからだ。

どうしてだか冴木はこの意地悪な言い方ばかりする先輩に恋をしていた。


本当にどうしてだか、と冴木は思うが、実際は理由などわかりきっている。
彼のこういう時折見せる気遣いがとても優しいところが冴木は好きなのだ。

ドキドキと乙女のようにときめいてしまっていることが表に出ないように気を付けながら口を開く。


「―ありがとうございます……」
「別に? 間違って買っちゃっていらないだけだし。無駄にしたくないから」

赤間の前だといつもひねくれたことばかりを吐き出す口が、珍しく素直にお礼を言った。
それに安堵してへらりと頬を緩ませた冴木を一瞥した赤間は、ふいっと顔を逸らして素っ気なくそう言った。

それを受けて、嬉しさで満ち満ちていた冴木の心はぺしょりと少し萎んでしまう。
なんだ、俺を心配してくれたわけじゃないのか。

内心の冴木は眉を下げ、しょんぼりした犬のようになってしまっているというのに、口からは「赤間さん、ドジっ子っすか。おつかれーっす」などと自分でもイラッとしてしまうようなセリフが出てくるのだから驚きだ。
案の定赤間を苛立たせてしまったらしくびしっとデコピンをされてしまう。

とても痛い。



「かっわいくねえなー。つーかお前はやくシャワー浴びて着替えろよ」
「なんでっすか。部室の鍵なら俺閉めます」

「ちげえよ。タツヤたちと夜飯食いに行こうって話になってんの。お前も来いよ」
「―織田とかも行くんですか?」


タツヤというのは赤間と同学年の陸上部員で、織田は冴木と同じ一年だ。
尋ねながら、誘ってくれた! と尻尾を振る内心の自分をいやまたぬか喜びに決まっているから、と諌める。
大方タツヤや他の先輩たちが冴木も誘ったらとでも言ってくれたのだろう。


「あいつらが誘ってたし行くんじゃねえの。知らねえ」

興味ない、とまで続けて言い放つ赤間。そんなふうなのに自分のことはわざわざ部室からは離れているこちらまで誘いに来てくれたのか。
諌めたかいもなく冴木は嬉しくなってしまった。


「……行きます」
「おう。―なんかお前顔赤くない?」
「は!? あ、日焼けっす日焼け!」

確かに日焼けで火照っているが、それとは違う意味でも紅潮している頬を指摘されたことに焦ってぶんぶんと手を振る。


「じゃあ俺もすぐ行くんで赤間さん、先戻っててくださいよ」

怪訝な顔をする赤間から目を背け少し早口気味に言うと彼は「はあ?」と声をあげた。

「お前も一緒に行けばいいだろ」
「いや、俺まだ柔軟終わっとらんし、先輩待たせるの悪いんで! 先行っとってください!」

軽く方言が飛び出してしまったが、以前にそれを笑った張本人である赤間はあまり気にした様子はなく、しかし少しばかり不機嫌そうに「そうかよ」と立ち上がった。
もしや怒らせてしまっただろうか、と歩き出した背中を見ながら慌てているとくるりと顔だけ振り返った赤間と目が合った。


「早く来いよ」


にっと笑った顔はとても優しくてすこし子供っぽかった。
機械のようにぎこちなく頷いた後、去っていく後姿を茫然と眺めていた冴木はややあって力無く膝に顔をうずめた。


「赤間さん超かっこいい……」

真っ赤な顔で零した言葉は本人さえ聞いていなければとても素直だ。
冴木は熱い頬に赤間からもらった冷えたペットボトルをあてて猫のように目を細めた。実は柔軟はとっくに終わっている。

火照りが引いたらすぐに部室に行こう。ごはんの時赤間さんの隣に座れないかなあ、無理かなあ。

そんなことをふわふわと考えている冴木は、「間違えて買っただけ」と言っていた赤間が、ここにやってくる前に立ち寄った自販機で迷いなくスポーツ飲料のボタンを押していたことなど知る由もない。


17時を過ぎた夏の空はいまだ晴れやかに青い。



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