short

□アザミ
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「……会長、元気なくない?」
「また加宮と喧嘩しちゃったんだってさ」
「あらららー」
「えーでも会長悪くないですってーいっつも委員長から絡んでくるんですからー」

「……それに条件反射で皮肉を返してしまうことにへこんでいるんだろ」
「でも言われっぱなしとか皆のイメージする会長らしくはないものねえ」


ぽそぽそと小声で交わされる会話であるが、さほど広くない上に他に雑音のない室内なので市ノ瀬の耳にはばっちり届いている。
哀れみの視線を向けられていることを自覚しつつ彼は机の上に臥せった。


「もう嫌だああ……誰か俺に可愛さを分けてくれ……」
「何を言うの、会長は心底愛らしいよ!」
「そうですよ、会長ー! 僕は会長ほどいじらしい人を知りません!」


口から出てきた弱音に対し拳を握って励ましてくれるのは会計と庶務だ。そんなことを言うのはお前たちだけだ、と市ノ瀬は言いたい。
自分の見目が可愛らしいものとは程遠いことなどよくよく知っているのだ。


「ほらほら、市ノ瀬。紅茶淹れるから休憩しよう。ね、皆も」

白い綺麗な手で、ぽんと市ノ瀬の肩をたたいた副会長が生徒会室に隣接した給湯室に向かう。その背を伏したまま目で追ってから、市ノ瀬はゆらりと立ち上がった。
書記と会計に庶務も作業をやめて室内の中心に位置するソファーとテーブルの方に移動をする。


「元気出せ、会長。今日のお茶請けはあんたのお気に入りの店のケーキらしいぞ。なあ、会計」
「そうだよ、美味しいよ。会長、好きでしょう?」
「モンブラン……」
「モンブランもあるよ!」

隣に座った書記の肩にぐりぐりと額を押し付ける市ノ瀬。頭を撫でてくる手がやけに慣れたふうなのは、彼が四人兄弟の長男だからだろうか。



紅茶の温かく上品な香りとともに戻ってきた副会長の後ろを、ケーキの入った白い箱を手に追ってきた庶務がぽすりと軽い音を立ててソファーに飛び乗った。
他の生徒会メンバーよりも一学年下の庶務は、埃がたつと書記に窘められてぺろりと舌をだしながら謝った。

可愛い。可愛いというのはこういうことだ。



「どうぞ会長」
「はい、モンブランだよ。会長」

四人で揃いの白磁にロイヤルブルーで模様の描かれたカップと、つやつやしたマロンをてっぺんに乗せたモンブランが目の前に置かれる。
市ノ瀬は書記に寄りかかるのをやめて姿勢を正した。


「ありがとうな」

ようやく微笑んだ市ノ瀬に三人もそれぞれ笑顔を返した。


▽▽▽


「それにしても、委員長ってなんであんなに会長に絡むんだろうね?」
「本当そうですよねー、毎回毎回よく飽きないなっていうかー」


美味しいケーキと紅茶を堪能しつつの雑談。話は結局皆の関心を集めるところにいくわけで。

「―俺のことが嫌いだからだろ……」
「嫌いな人間にわざわざ声をかける意味がわからない」


心底不思議そうに小首を傾げる書記を尻目に副会長は紅茶を一口。

「案外、市ノ瀬に構われたいだけだったりしてね」

優雅な仕草でカップをソーサーに戻し、フルーツタルトを切り分けながらのその一言に皆の視線が副会長に向いた。
彼は3対の視線に向かってにっこりと微笑んでみせる。


「いや―、いやいや……ないだろ」
「えーわっかんないよ、もしかしたらそうかもー!」
「そういえば会長を見つけて今から絡みまーすって時の委員長、すっごく生き生きしてますよねえ」
「あーわかる!」

だよねだよねー! とThe・美少年といった風貌の庶務と、軽薄そうな見た目でその実ゆるふわ人畜無害な会計が手を取り合う。
市ノ瀬は思わずきゅんとしてしまった。うちの役員まじ可愛いよな。


「市ノ瀬が言い返してくるのが楽しいのかな」
「―じゃあ、会長がいつもみたいに応じなかったらあいつどんな反応するんだろうな」

半ば意識を別のところに飛ばして癒されていた市ノ瀬は、ぱっと隣を見た。
顎に指をあてた書記がさっきと同様こてりと首を傾けてこちらを見ている。



いつものように応じなかったら? それは、嫌味に対して言い返さないということだろうか。
無視? いやいや、そんなことはできない。なぜって市ノ瀬は加宮に話しかけられて―例えそれが喧嘩腰であろうとも―嬉しいと思っているのだから。


「む、無視なんか出来ない」
「いや、無視ってことじゃなくて。あんた、あいつに対峙するとめちゃくちゃ強がるだろ。それをやめてみればどうかと思って」
「う……」

市ノ瀬は眉を寄せて口端を曲げた。確かに市ノ瀬は加宮を前にすると友人たちといるときのように素直に感情を表に出せない。
しかしそれは仕方のないことだと思う。加宮の言うことひとつ、表情ひとつに、いちいち傷ついているだなんて本人には知られたくないではないか。

情けないし恥ずかしいし、きっと今よりもっと嫌そうな顔をされると思う。
もしかしたら、話しかけたくもないと思われてしまうかもしれない。

想像したらへこんでしまった。また書記の肩に頭をぐりぐりする。


「それ、いいかもね。とりあえず、素直になれとまでは言わないから喧嘩にならないようにしてみたらいいんじゃない」


そんな市ノ瀬の様子に頓着せず名案だと言わんばかりにぱちりと両手を合わせた副会長が言う。

市ノ瀬はぱちりと目を瞬いた。心境としては、なるほど! そんなやり方があったか! というものだ。
確かにそれならいつもと違うし、情けないところをさらさなくても済む。目から鱗である。


「あー、いつもと違うとどうしたんだろーってなりますしね。しかも委員長なんて会長のことある意味意識しまくりだから効果てきめんかもー」
「俺もそれ賛成! やってみようよ会長!」


身を乗り出す会計の唇のそばに生クリームがついている。市ノ瀬はそれをティッシュで拭ってやりながらこっくりと頷いた。
加宮がどんな反応をするだろうかと今からもう心臓がドキドキしはじめる。



「―俺たちは君の恋路を応援してるから、頑張ろうね、市ノ瀬」
「そうですよー、最終的には委員長のハートをずっばーんと撃ち抜いちゃいましょうね!」


「が、頑張る!」


仲間であり友人である役員たちの励ましに市ノ瀬は両手を握って意気込んだのだった。



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