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□アザミ
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全寮制男子高等学校。その広大の敷地。の、校舎の2階にある、そこそこ人通りのある廊下。
その更に中心で対峙する男が2人。


「相変わらず腹立つ顔してんな、生徒会長殿?」
「さすが風紀委員長様はご自分を棚にあげるのが御上手でいらっしゃる」
「どういう意味だコラ」
「そのままの意味だが?」


片や凶悪に光る目を眇め。片やこれでもかと言うほど輝かしい笑顔を浮かべ。この学園において最も有名であると言っても些かも過言ではない彼らは相対する。


「ほんと嫌みな性格だな。お前に友達がいねえのも納得だわ」
「歩くだけで一般生徒をびびらせてる迷惑な野郎よりはましだと思うな、俺は」
「牽制だろうが。抑止力がなきゃ風紀は乱れる」
「先代はそんな風にしなくても抑止できていたが? お前にその力はねえってことか」
「てめえこそ慕われてた元会長とはえらい違いだな」


「あ?」
「ああ?」


額が触れあうほどの近くで睨み合う彼ら。遠巻きに見守る生徒たちが小さく悲鳴をあげる。
この2人――生徒会長の市ノ瀬と風紀委員長の加宮はそれはもう仲が悪いのだ。犬猿の仲もかくやというほど。

すれ違えば睨み合い、言葉を交わせば嫌みの応酬、すこしばかりエキサイティングして胸ぐらを掴んでの凄み合い―などなどそれはもう清々しいほど相容れない様子である。
二人ともすこぶる顔がいいためそんな光景はド迫力だ。

美形が怒ると怖い。


「やんのかコラ」
「上等だコラ」


どこの不良ですか今どきそんなこという人いません……あ、ここにいた、と突っ込みをいれつつ遠い目をしたくなるような台詞を至近距離で交わす2人。
風紀委員を呼んだほうがいいだろうかとおろおろする生徒たちは見た。
向こうから軽やかな足取りで爆走してきた男がジャンプ一番、非常に体重が乗っているだろう跳び蹴りを風紀委員長にお見舞いする様を。


「ぐはっ!」
「うわっ」


目の前の生徒会長に気をとられていた委員長はまともにそれを食らい地面に膝をつく。驚いた会長は一歩身を引いて動揺した声をあげた。

すたんっと着地する跳び蹴りの男。


「もーっ。すーぐ喧嘩するんだから! ダメだぞ☆委員長!」
「げほっ……てめえ品川、なんで俺にだけ攻撃してやがんだ」
「はーいそんなの委員長から絡んだに決まってるからでーす」
「決まってねえよ! なんだそれは!」
「えーでも基本的に会長は自分から突っかかるような人じゃないしー。ね、会長?」

品川―風紀副委員長に話を振られた市ノ瀬は困惑したふうに頷く。先程までの強気な印象が薄れる反応である。
それを見た加宮は鋭く舌打ちをして立ち上がる。スラックスの汚れを払った彼は興味を失ったかのように踵を返した。


「戻るぞ、品川」
「はーいよ、委員長」


歩き去る広い背を追う前に品川は一度振り返った。何とも言えぬ表情をした市ノ瀬に困ったふうに笑いかける。


「ごめんね、会長」
「ああ―」
曖昧に頷くのを確認して、品川も歩き出す。きっとごめんねの正しい意味は伝わっていないだろうと思いながら。



▽▽▽

「ねえ、加宮。ちょっと聞きたいんだけどさ」
「……」
「お前、頭悪いの?」

所変わってここは風紀室。高校生とは思えぬ威圧感の持ち主である加宮に対して、まるで純粋に疑問に思っているかのような口ぶりで品川はいけしゃあしゃあと言ってのける。
対する加宮は眉間を思い切り寄せた。

不機嫌そのものな様子に、その場にいた委員たちはとばっちりの怒りに触れぬようにと息を詰めて自分達の存在を空気と同化させることに集中する。
だって委員長怒ると怖いんだもん。


「うるせえ」
「うるせえじゃねえっしょ。なーんであんな態度しかとれないのさ」

「―わかってんだよ……」


顔を背け、ぼそりと呟く。品川はため息をついて長い足を組んだ。ついでに腕も。

「加宮がそんなふうだから会長もああいう態度になるんだぜ?」
「……あいつは俺のこと嫌いだろ」
「そういう話じゃない。俺が言いたいのは、お前が喧嘩売るようなこと言わなければ会長は普通に話してくれるってこと」


わかってんだろ? と呆れた品川の視線を感じながら加宮はむっつりと押し黙る。


さて、なんの話か。簡潔にいうと、風紀委員長の加宮は以前から、己と仲の悪いと評判の会長、市ノ瀬に懸想している。といったところか。
簡潔も何もこれ以上に含むところはないくらい単純明快な裏事情。


加宮とて想い人とは仲良くしたい。それはもう、切実に。
だが、ひとたび彼を目の前にすると、色々な感情が混ざりあってなぜか喧嘩を売るような口調に至るのだ。
からかったり馬鹿にしたりせずに話し掛けようとすると今度は口が縫われでもしたかのように固まってしまう。しかし彼と会話をしたい。


その結果があれである。大人しく気弱な性格からは程遠い市ノ瀬は負けじと言い返してくるし、言い返されればそれだけで加宮は嬉しくなる。
苛立ち? そんなものは感じてなどいない。加宮としては絡めて嬉しいのだ。後から多大なる後悔に押し潰されるけれど。

まあそれはさておきそんなこんなで加宮たちは犬猿の仲と相成ったのだ。品川が呆れるのも無理はない。



「ツートップになったら少しはマシになるかと思えば自分から更に悪化させるし……」


最初から己の恋を知る幼馴染みの言葉が耳が痛い。けれど、と加宮は思う。
けれど、犬猿の仲というレッテルが引き剥がされ市ノ瀬にとっての自分が大勢のなかの一人となってしまうのも嫌なのだ。

犬猿の仲、ライバル、という周囲の認識に感化されるように市ノ瀬が何かと張り合ってくるのも嬉しいし可愛い。
現状を変えたいかと言われれば加宮としては複雑なのだ。


「しゃーねぇだろ、出来ねえんだから……」
「お前が恋愛にこーんなにぶきっちょとか知りたくなかったよ」

やれやれ仕方がないな、と言わんばかりに品川が肩を竦めた。加宮は気まずさを払拭するように作業にかかる。
生徒会からこちらに回ってきた書類の束の一番上、会長印の捺されたものからチェックする。

書いた人間を表すような流麗なサインを加宮はそっと指先でなぞった。


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