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□一方通行
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新入生歓迎会を目前にして俺たち生徒会は非常に、ひじょーに忙しかった。
俺は数字見すぎて頭のなか数字でいっばいになるしエクセルの操作しすぎで夢の中でもエクセル触ってるし。会長も書類チェックがしてもしても終わらない夢を見たって言ってた。

まあそんな修羅場じみた状況ももう終わりだ。新歓前日の今日、俺たちはとうとう書類地獄から解き放たれたのだ! 万歳!
昨日は部屋に帰ってすぐに爆睡して目が覚めてから学校に行ってひさしぶりにまるまる授業を受けて。で、今は放課後。

いっつも生徒会の仕事をしていた癖でか、あるいは久しぶりの休みを持て余したのか、自分でもわからないけれど俺の足は生徒会室に向かっていた。
瀟洒な彫刻が施されたおしゃれな扉を開ければ中には先客がいた。


「やあやあ会長ではないですかー」
「なんだお前も来たのか。どうした?」

それぞれに割り振られた席ではなく休憩用にと部屋の中央に設けられたソファーに座った会長の手には数枚の書類。
扉を開けた音で顔を上げた彼は俺だとわかると不思議そうな目をした。


「あ、俺はなんかついいつもの癖で。てーか会長こそなにしてんです?」
「おー、俺も一緒。あれだないつも忙しいと急に暇になったら何していいか分かんねえな」

ははは、と笑う会長に呆れつつ同意してしまう。
いつもなら向かいのソファーに俺と書記くんが座って、会長の隣は副会長ってなんとなく定位置が決まっている。けれど俺と会長以外は誰もいないから、それこそなんとなく、会長の隣に座った。

体を寄せて手元を覗き込む。明日の原稿だ。
めっちゃめちゃ忙しかった会長に代わって俺が合間合間で作り上げた会長挨拶のやつ。


「なんか変なとこあります? 俺、こういうの作ると無駄に慇懃な感じになるんですけどー」
「いや、変なとこなんかねえよ。確認してただけ」
「そっすかあ、よかったー」

自分で作った文章を読みながら返事をする。視線を感じて目だけで見上げると会長は原稿ではなく俺を見ていた。
なんというか、そう、ガン見だ。


「え、なんですか、めっちゃ見てる」

今の俺の言葉を文字で書き表したとしたら合間にこれでもかと笑いの省略な「w」の記号が入っていただろう。
それくらいの笑いとそれから戸惑いを含んだ俺の反応に対し、会長はゆっくりと瞬きをしたと思ったら「いや」と目をそらしてしまう。

えー、なになに?

「―なんかお前と二人で話すの初めてのような気がする」
「ほ? ―あーそうかもですねえ」

言われてみれば、と俺は頷く。前年度の終わりにあった選挙で選ばれた俺たち生徒会は会長と副会長の二人以外は面識がなかったし、それ以降なんだかんだと打ち解けはしたがいつも生徒会という単位で会話をしていたので個人で話すのは初めてかもしれない。
もう顔合わせから二か月もたつというのにだ。どれだけ忙しいんですか生徒会!


「俺ねえ、会長ってめっちゃ偉そうな人だと思ってたんですよ〜」
「あん?」
「なのに話したら、面倒見いいし気ぃ長いし全然違うじゃーんってなった」

笑い交じりに言う。会長は一瞬目を見開いてから手を伸ばして俺の頭をぐしゃっと撫でた。
いっつも俺がちゃんとできたときに「よくやった」って撫でてくれるのと同じ感じで。犬扱いもしくは子供扱いをされているみたいだが俺はそうされるのが嫌いじゃない。


「俺も、最初に会計がお前って言われたときこんなチャラそうなのがちゃんと仕事できんのかって思った」
「ちょっ。ひど!」

「実際はまじめだし遊んでないし、なにより」

優しく微笑まれてついつい見とれていると、純情童貞だったからなあ、と続けられた。俺の頬がカッと熱くなる。
前に生徒会のなかで仕事しながらの雑談がなぜか下ネタに走ったとき俺だけ盛大に動揺してしまったことを彼はよくこうやって何気なくからかってくるのだ。

口を尖らせながらにらむと笑い声が返された。


「どーせ俺は童貞ですよーつーか別にこの年で童貞っておかしくないし大体の人童貞だし」
「むくれんなよ」
「むくれてないです〜!」
「いいじゃん、やりまくりより、よっぽどいい」

からかってきたくせに、と思いながらそれもそうか、と納得する。俺という人間は単純にできているのだ。
にらむのをやめて大人しくなった俺の頭を会長はまたなでなでした。俺は犬か。気持ちいいからいいけど。


「かいちょーに撫でられるのすきです」
「―それは、俺のこと好きだからじゃねえ?」
はい? 一度閉じた目を開ける。素敵なお顔に不敵な笑み。
俺はすこし考えてそうですねと首肯した。


「は―? え、まじで? お前、俺のこと好きなの?」
「? はい好きですよー」

自分で言ったくせに何やら慌てだした彼をどうしたんだろうと眺める。

「俺、会長みたいなお兄ちゃんほしかったもん」
「あのな俺―……は?」
「え?」

こちらに向き直って何か決意したように口を開いた会長は途中でぽかんとした表情になった。
首を捻った俺の前で彼の手はふらふらと額にあてがわれる。次いで「兄…そうか、兄か……」とぶつぶつつぶやき始めた。

ちょっと普通ではない様子に俺はあわあわして肩に触れる。


「か、会長ー? どうしちゃったんです? あ、俺がお兄ちゃんって言ったの嫌でした……?」
「いやではない!」
「おわ」
「嫌では、ねえんだけど―! 違うんだよ!」

呟きから推測して、すみませんと謝る前に勢いよく否定された。会長の言っていることはよくわからない。

「―わかった、好きなだけ兄として慕うがよい」
「へ? てかかいちょー口調おかしくね? いいなら嬉しいけど」

上に兄弟がいたら会長みたいな人だったらいいなー会長が俺の兄弟だったらよかったのにーとかよく考えてたけど本人から許可が下りるとは!
嬉しくてそわそわしながら見上げたら頭を引き寄せてぎゅーっとされた。なにこれ! 楽しい! 嬉しい!

「わーい」
「……絶対落とす、絶対意識させる、頑張れ俺―」
「え? なになに?」
「なんでも」

ぎゅぎゅーと抱き付き返していたせいで会長が何かいったけれどくぐもってよく聞こえなかった。



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