五線を超えたらきみは海

□転校生・私
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「長崎から引っ越してきました、戸塚謡です。よろしくお願いします」



高校二年生になった新学期。

お父さんの仕事の関係で、私は生まれ故郷の長崎を離れてここ、千葉へ引っ越してきた。


千葉と言えばテレビでよく見るのが、南房総。爽やかな海風と、ぽかぽかと陽のさす海岸線。新鮮な海の幸が毎日食卓に並び、夏は海で泳いでくっきり水着の日焼けなんかしちゃって………そんな生活を思い描いてやって来たのに。


私の新しい住まいは、海に近いとは言えど、工場の並んだ、砂浜の「す」の字もない地帯のそば。どこの県に行ってもあるような、普通の住宅の建ち並ぶ、普通の町。
敢えて言うなら、ときどき聞こえる貨物船の汽笛の音が、海に近いことを仄かに感じさせてくれるくらいなもの。

理想の前に立ちはだかるのは、やはり厳しい現実……



し・か・も。


私が転校した六瀬高校は、山間に位置した緑溢れる小さな学校。その言葉の通り、生徒数も県内では少数な方だという。
学校へ通うには、一時間に一本あるかないかのローカル線に乗り、ひたすら車窓の緑を眺めつづけなければならない。

海の青ではない。山の緑である。


……私は果たしてここで、うまくやっていけるのか……


緊張やら不安やら入り混じった微妙な微笑みを浮かべ、壇上に立っている私。

「じゃあ戸塚さん、席はあそこに座ってね」


こういったタイミングで、少女漫画でよく見る展開、それは自分の隣の席の人がイケメンで、そのイケメンと最終的には恋に落ちるというもの。世の女子ならきっと誰でも憧れるシチュエーションだと思う。
もし、隣の席の人がイケメンではなく女子だったとしても、そこから友情が発展していくなら、いずれにせよ転校してきたばかりの私にはありがたい。
勝手にいろいろと想像して胸がドキドキワクワクする。


男子だろうが女子だろうが最初の印象が肝心、さっきの引きつったような顔とは程遠い爽やかな笑みを浮かべて自分の隣になった席の人に視線を向ける。




……きっと何かの手違いだ。


そう、私はきっと席を間違えた。この一つ前もしくは更にその前、いや、もしかしたら列を間違えたのかも。
とにかく、他に空いていそうな席を探してみよう。きっと他の列に私の席が、

「お前、席ここだろ」



ある意味、胸がドキドキする。

私は信じない。

こんな恐い人が、私の隣の席にいるなんて信じない!!!!!
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