*ひからにげるおとうと

□PM3:00『眠いです』
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「わっ!! あ、あぶなかったぁー……」


走ってきたゾンビを避けて、マシンガンを乱射する。

あれだけ撃ったら流石に命中したのだろう。ゾンビはよろけてから倒れる。

その様子を見てほっと息を吐き、報酬として現れたマシンガン弾を回収する。

その後方に見えた古びた教会のような建物。

たしかあれはラスボスの……、


「……あ、あー、もうすぐラスボスがいるとこだー。……誰か手伝ってくんないかなぁー……」

「…………」


……はい無反応ー。


なんだよ、少しくらい手伝ってくれたっていいじゃないか。
私の拙い操作を見て、助けようとか思わないの?

……もう、だったらそれはそれでいいけどさ。

いいけどさぁ……、


「っ!! あ、わ……!!」

「………ハッ、」


でも私のプレイ見て嘲笑すんのやめてくれる!?

むかつくから! それめっちゃイラッとくるから!

下手なの知ってるし! 初心者だもん、仕方ないし!

ニートなあんたとは違うんですよ!


……そうだ、こいつはゲーム以外特に何もできないじゃないか。
比べて私は勉強運動友達全てにおいて弟より優れている。
何も劣等感を感じる必要はない。

こんな『チート(笑)』なんか余裕を持って見下せばいいのだ。
あっはっは、笑う度に眼鏡雲ってんぞこのやろー。


と、心の中で高笑いしてた時、

手の中のコントローラーがヴーヴーと唸り声をあげた。


「え……? ! やばっ!! あ、ああっ!!」


なんということだ。

操作キャラの前にいきなり飛んできたダイナマイト。
初心者かつ高笑い中だった私が避けられる訳がない。
操作キャラのアンジェラくん(そんな感じの顔だった)はあっという間に残り少ないHPを絶やした。


あぁ……せっかくラスボスの近くまで行ったのに……、
くそ……、きっとダイナマイト持ちゾンビだ。あいつ遠距離からぽんぽん攻撃してくるし。こっちのライフルは弾が少ないんだよ! 手加減しろって!

またやり直しか……、このステージはこれで三回目だというのに。


はぁ、と大きな溜め息を吐く。


とりあえず、メニュー画面に戻ってもう一度……。


とか思っていた時、いきなり画面が黒くなった。


「え?」


何かの演出という訳でもないようだ。
画面はずっと暗いままで。

部屋の明かりをほぼテレビに頼っていたため、目が痛い。
視界にゲーム画面の補色がちかちかと光っている。本当に不健康だな。


このテレビに何が起こったのか訊こうと、弟がいるであろう場所に目を向ける。
しかし、隣にいた筈の弟の姿は見当たらない。

手を伸ばしても空を切るばかりで……、


「千隼……?」


呼んでも返事はない。

代わりに、がさごそと袋を漁るような音が聞こえた。


その方向は、ちょうど弟の机の辺り。

そこに目を凝らす。

暗さに慣れた目は、さっきよりもはっきりと部屋を写した。


「何してんの……?」


何をしてるか。
暗いながらも、一際立体感のある影が弟だというのは分かる。

どうやら弟はさっきの袋からゲームを取り出していたようだ。


それは分かる。
分かるんだけど……、


「っ、……くっ……」
「……………」



・ここ、暗い部屋。
・がさごそと乱暴に物を漁る音。
・何故か不気味な笑い声。
・笑ってる奴は眼鏡にマスクにフードにぼさぼさの不健康男。


→泥棒スタイル完成。



……警察につき出しても不自然じゃない……ってどんだけ悲しい奴だよこいつ。

「千隼? ……何笑ってんの?」

「え……? ……笑って、ない……けど」

「いやいや……それは苦しいよ千隼」

せめて思い出し笑いとかさ、他のにしようよ。

千隼は一度目を擦ってから、片手に持ったソフトを見せてきた。


「……、……それより姉さん。次はこれやろう?」
「ん? あぁ、ゲーム? いい、けどテレビが……」


こっちに歩み寄り、四角い薄い箱……恐らくゲームのパッケージだろう。
それを差し出す弟。

私は特に断る理由もないから頷いたけど、そういえばテレビがつかないんだった。

理由を求めるように弟とテレビを交互に見る。


「あ、それは……ごめん、あんまり気にしないで。この前熱さにあてられてイカれちゃって……たぶん再起動させれば直るよ」

「……それってゲームのやり過ぎじゃない? もう、少しは時間少なくしなよ……」


どうやらオーバーヒートらしい。
確かに一回狂うとずっと変になるよね。
しかしそれぐらいゲームやってたのか……。

少しは注意しとけば良かった。
学生のクセにこんなにゲームするのはよろしくない。


溜め息混じりに忠言すれば、弟は少し肩を竦めて私の隣に腰を下ろす。


「……ごめん」


体育座りでぎゅっと身を縮める弟。
ソフトを隠すように両手で握っていた。


「……もー、しょうがないなぁ」


私はその頭をフード越しに軽く撫でると、弟の手からソフトを抜き取り、ゲーム機本体の方へ移動する。


別に私はお母さんのようにゲームについてぐちぐち言うつもりはない。

ただ、ちょっと明るい場所も見てほしい。
だってこんな暗い所でかいわれ大根育てるより、日向でのんびりと向日葵でも咲かせてみた方が面白いと思うのだ。

花が咲いた時とかさ、育てて良かったなーって思うじゃん。

……かいわれ大根は……まぁ、不味くはない、けど美味しいとも……ねぇ……。

だいたい、かいわれ大根だって少しは日を当てた方がいいんだよ。
そっちの方が元気に育つし味がでるって本に書いてあったし。



……何かこいつを部屋から出す方法は無いのか……?

しかし、弟が全力で光を避けているところを見ると、その方法は無さそうにも思える。


……まぁ、いい。今はゲームだ。この事は明日考えよう。

明日は流石に学校があると思うし、それで友達に相談すれば、きっと良い案も出る。


私は本体にディスクを入れるトレーを出そうと、暗い視界の中手探りでボタンを探す。


しかし暗いからなかなか見つからない。

……もう、せめて電気ぐらい点けようよ。
こんなに暗かったら何にもできないじゃないか。

だいたい……、弟の中二設定は厳しすぎる。
光浴びちゃいけないなんておかしいでしょ。

そういえば少し前、弟はトイレに行くと言って部屋を出ていった。
やっぱり、設定があってもトイレには行くんだろうな。

その時私はゲームで重要なミッションを遂行していたので手が離せなかったけど……、洗面台で水を流すような音も聞こえた。それから物がぶつかるような音。

どうせまた何か落としたんだろう。弟はいつもそそっかしいから。

……まぁ、やっぱり必要最低限は外に出るんだなぁって思った。
少し明るい外への道が開けた気がする。ひと安心ひと安心。



そうこうしていると、隣で物音が鳴る。
どうやら弟がテレビの電源をつけ直しているようだ。

瞥見して様子を伺う。
曖昧な影しかみえないけれど、何やら弟も手間取っているようだった。

ほらね、暗いと不便だろうが。
分かったならくだらんことで電気を消すな! モグラかお前は!


「……千隼、電気点けて」

「だめ」


私の要求にすぐに反応する弟。
弟のテレビをいじっていた手が止まる。

その様子に、私は今日何度目か知れぬ溜め息を吐く。

「暗くてよく分かんない。目も悪くなる。ほら、電気点けて」

「……だめ」

「…………千隼、」


また淡白な返事。
全く、こいつは人の話を聞いてるのか?
少しは考えてみて欲しい。こんな暗い部屋、体に良い訳がない。

ところが私が文句を言う前に、弟が容喙する。


「ごめんなさい、……でも、もう少しだけだから……、あと1時間、9分と36秒、そしたら…………。
ねぇ、お願いもう少し、ほんのちょっとの時間だから……」


「な、何……?」


1時間と9分と……? あと何て言った?

なんかよく分かんないけど、その時刻になったら電気を点けてくれるのかな?

しかし何でその時刻……まぁ、きっと……中二には中二なりの掟があるのだろう。うん。



……それに、深入りしてはいけないのだ。


弟はいつもそう。

学校のことも友達のことも、何一つ私には話してくれない。
弟は、私に干渉されたくないから。

弟は、私が勝手に弟の部屋に入っても何も言わない。寧ろ私の相手をしてくれる。
でも、自分のことは教えてくれない。

尋ねると繕うように笑って、話題を逸らす。



だから……そう、これもきっと同じ。


干渉してはいけないこと。



「……あ、あった」

探っていた指先に触れた突起。
トレーのボタンだ。

それを押して、トレーの上にディスクを乗せた。


一方の弟も、どうやらテレビの電源を見つけたようだ。

視界の端に液晶画面の光が射す。


それに目を細めて、もう一度ボタンを押し、トレーをしまった。


しばらくして現れるメニュー画面。

弟がそれを操作していく。


「姉さん、やる?」

こっちを見てそう問う弟。

私は首を横に振る。


私はさっき結構やったし……、今度は弟のプレイを観賞することにしよう。


「千隼、膝貸して」

「……はいはい」

ため息混じりの返事を聞いて、胡座を掻いた弟の足に頭を乗せて、そのまま寝っ転がる。

こうすると見やすいし楽だ。

ゲームを見るとき、私は弟肩に寄り掛かるか膝枕かをして見るんだけど、今は肩はダメらしいし。

寝やすいように頭を少し動かして、片耳を塞ぐように姿勢を整える。

すると千隼が私の頭に軽く肘を突いた。


そうした方がプレイしやすいらしい。
私も膝枕してもらってるし、別に気にしない。


弟は今、さっきのアクションとは違う、頭を使いそうなゲームをやっていた。

しばらくして、弟の声が降ってくる。

「姉さんの頭重い……、太った?」
「……いや、きっと頭が良くなったってことだよ。脳の容量が増えたんだってきっと。うん」


そう思ってないとやってられない……。

だってもうすぐでテストだ。勉強時間が増えるのみで運動なんて……、
あぁ……そうだ勉強しないと……。

いや、でも今ぐらいは……少しだけだし……。

4時になったら勉強しよう。うん。

「太ってない、太ってないし。それよりほら、ゲームに集中」

「はいはい」

「はいは一回でしょ」

「はいはい」

「千隼くーん?」

「はいはい」


全くもう。本当に話聞いてないな。
そのくせゲームはちゃっちゃとこなしているし……、

まぁいいや、千隼が楽しそうならそれでいい。



……あれ、そういえば私、ケンカというか……ちょっとシカトされてたよね?

それはどうなったんだ……?


見上げると、弟は楽しげに笑っている。

目が合うと、その目が細められる。

笑ってるのかな。

それはさっきの嘲笑と違う、優しそうな笑い方で。

マスクで隠された顔では、はっきりと千隼の気持ちが分からない。

それでも、もう私を無視していない。



そっか、そうだよね。


ケンカしても知らない間に仲直りして、一緒に遊んで。



うん、家族ってそうだよね。



姉弟って、そんなものだ。




next…

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