*ひからにげるおとうと

□PM12:00『吸血鬼ですか』
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「千隼ぁー、お腹空いたー」
「……カップ麺でも食えば」


床に大の字に寝っ転がって千隼を見上げる。

千隼もちらりとこっちを見たが、返ってきたのは素っ気ない声。


嘆息して、起き上がる。

「んー……じゃあラーメンの……醤油でいっか。千隼、ダイニングに移動」

言いながら扉まで歩いてドアノブを回した。

暗い部屋に、光が入り込んでくる。

「まぶし……」

ずっと暗い部屋にいたからだろう。
特別明るい訳でもない廊下の照明に目を細める。

あーやっぱり明るい方がい……


ズサササッ!!


「…………」

何か重い物が地面を滑るような音に後ろを振り返る。


すると、ついさっきまで私の近くにいたはずの弟の姿がない。

……どこに行ったんだ?

先程より僅かに明るくなった部屋をぐるりと見渡す。

すると、今までなかった筈の丸い布団の塊を見つけた。


恐らくあれだ。


「……千隼くーん?」

「駄目無理もう最悪だ……! 光を浴びるなんて……。俺なんて日陰でしか生きられないカビみたいな奴なのに……」

「ど、どうしたのお前……カビってそんな」


布団はもぞもぞとうごめいて、嘆くようにそう言った。
どうやら布団を被って丸まっているらしい。
何やらネガティブなことも言っているが……。



にしても、何。光浴びるのダメなの?

そんなハードな……、弟の中二設定は吸血鬼なのだろうか。

うーん、なるほど。
だから日が駄目で、窓もカーテンも開けるなと……?

しかしそうなると……、昼食にも影響が……。
ニンニク駄目だとか血が飲みたいとか言い始めたらどうするよ。

「お、俺は昼食はいいから、いらない!」

ほら、言わんこっちゃない。

「こら、インスタントでいいから食べなさい」
「無理!」

……こいつ、ケチャップでもやろうか?

「千隼? 食べないとゲーム没収するよ」
「っ、……む、無理……」
「……いい加減にしないと怒るよ? 食べなさい。ね? ね??」
「………う……、は、い……」


小さな声で承諾した弟。
うん。まぁよろしいとしよう。

廊下に出て、弟を振り返る。

「それで、あんたはここにいるの?」


ドアから射し込んだ日も無理なら、窓辺にあるダイニングで昼食なんてもっと無理だろう。

思った通り、千隼は布団を被ったまま頷いた。

「じゃあ、出来上がったら持ってくるから」
「う……あ……、ドア閉めて……」
「はいはい」

弱々しい弟の声を背に後ろ手でドアを閉めて、約3分の調理をする為キッチンへ向かった。


***


「ほらできたよー、お姉ちゃん特製カップラーメン!」
「つまりはお湯を注いだだけだよね」
「い、いや!違うんだよ湯加減とかお湯の量が微妙に!……多分!」


弟のもっともなツッコミに狼狽えながらも暗い部屋へと足を踏み入れる。

弟はというと、ドアが開いたことでできた四角い光を全力で避けていた。ご苦労なことだ。

「ど、ドア閉めて。早く」
「えー……食べる時ぐらい良いじゃん」

明るいキッチンに居たからというのもあるけれど、やっぱり暗い部屋には抵抗がある。

けど、家に家族がいるのにダイニングで一人で食べるのも……なんか嫌だ。

だからこうして弟の部屋に来たんだけども。
やっぱ暗いと手元が見えないし。


ところが弟は渋っているようだ。
苦々しい顔……マスクで殆ど隠れてるけど……で私を見ている。

もう、なんなんだ。そんなに大事なのか?吸血鬼設定って。

「ほ、ほんとに無理! 明るいところで食事とか駄目! 灰になる!」
「お前血は飲まないクセに光は駄目って……バイクに乗ってない仮面らいだーと同義だよ?」

布団を頭からすっぽりと被ってがたがたと震える弟は、見ていて哀れだ。

冷ややかな視線を弟に送り、息を吐く。

残念ながら……私はそこまで弟の中二病に付き合ってやれないのだ。


「明るいのが嫌なら隅っこで食べなよ。この部屋暗いとこ多いんだから」
「……っ、じゃあ俺はあっちの隅で食べるから。こっち見んなよ!」
「……はいはい」

溜め息混じりに返事をすると、弟は布団を引き摺りながらずるずると部屋の隅っこへ行った。

弟の傍にラーメンを置いて、私はドアの近くにを腰を下ろす。


「こっち見ないでね。絶対、絶対に!!」
「はいはい。別にお前の食事風景なんて誰も見ないよ」


うんうん。中二病って自意識過剰にもなるよねぇ。

小さく笑みをこぼしながらラーメンをすする。

……うん。普通に美味しい。


出入り口の近くにもたれかかり、ぼんやりと廊下の辺りを見る。

後ろからは、弟がラーメンを食べる音が聞こえてきて。


ちょっとからかいたくなった。

もし今私が弟の方を向いたらどうなるだろう。
絶対面白い反応するよね……。
だってあんなに『こっち見ないで』って念を押していたんだよ。
……きっと相応のリアクションをしてくれるに違いない。

想像すればするほど面白そうだ。
自然と口元がにやける。

「……ふぅ、」

一息吐いて、呼吸を整える。

どうでもいいことをバカ真面目にやるっていうのは意外と楽しいことだ。

心の中で笑みを深めると、弟の方を振り返り、そして………




…………え。




鼻の頭や頬に触れる、ふさふさの何か。

黒いし、繊維のようだから恐らく髪だろう。

しかし、弟ではない。
だってこの髪、床にまで届いてる。

女の人?


と、その時。


「ぁ……ぁぁああああ!!!!」
「ひぃい!! 何!!? なにっ!?」


その髪のようなものから大きな呻き声が聞こえ、驚いた私は情けない声をあげながら廊下へと倒れこむ。

そのままぎゅっと目を瞑って動かないでいると、聞き慣れた声が少し遠くから聞こえた。
起き上がると、部屋の影に隠れた弟がこっちを見ていた

「……姉さん? ラーメン溢すとこだったよ。周りよく見てね」

のんびりとした声はくぐもっている。
どうやらもうマスクをつけ直したようだ。なんと隙のない……。

いや、それよりあれは何!?

部屋の中に駆け込みその胸倉を掴んで揺さぶる。

「い、今の見た!? 何!? なんなのあれ!!」

「あ、あぁ、これのこと? ……姉さん対策だよ。効果あったでしょ」


得意気に笑う弟のその手には、何か竿のようなものがあった。
そしてその竿の先には……かつら。


もしやさっきのはこれ……?
いや、でも確かにここから声が……。

呆気に取られている私を放置して、弟は自慢気味に語り出した。

「すごいでしょ? わざわざホラー映画の叫び声を録音して、それを取り付けたんだよ。それを竿でこう動かして……流石の姉さんも吃驚でしょ」

「な、なんて手間のかかる……しかもくだらない……」

なんかもう、そのどうでもいいことへの努力が他のところへ向けば良かったのにね……。
弟の行動には、怒りを通り越して呆れてしまう。

「……でもなんでそんなものを……」


ぽつりと呟くと、今度は弟が呆れたようにこっちを見てきた。


「姉さんさぁ……自分が何したか分かってる?」
「は?」


何したかってそりゃあ……、弟の食事風景を見ようとしましたが……?

でもそれがどうしたんだ。


「鶴の恩返しって知ってる?
あれ、最後には好奇心に負けて、娘の言い付けを破ったお爺さんは鶴の恩恵を受けられなくなるでしょ」

「それと同じって言いたいの?」


半ば呆れながらそう返すと、弟はこくりと頷いた。


「そ、姉さんも同じだよ。俺が嫌がってる事をやろうとしたんだ。
……まぁ姉弟だし、姉さんの考えることなんて大体分かるよ。
だから阻止する為にこれを作ったんだ」

「へぇ……? ……でも別に良くない? 昼食食べてるところ見たらなんか悪いことある?」


首を傾げてそう尋ねる。
私には弟の話はよく理解できない。

すると弟は、不快そうに眉を寄せた。


「……悪いよ。悪いに決まってる……。
だって俺……当の…は…、…けどだら……汚い…、……あぁ嫌だ……」


「千隼……?」


弟はうつむいてぼそぼそと何かを言っているけど、マスクや元々の声量のせいで上手く聞き取れない。


いつもと違う千隼に気づかうように声をかける。


すると千隼は驚いたようにこっちを見て、何でもないように微笑んだ。


「……とりあえず姉さんには何らかの悪い事が起きるね。……そう、例えば……」

「た、例えば……?」


わざわざ声を低くして、勿体ぶる弟。

そんな話し方をされると続きが気になる。
私は少し身を乗り出して耳を澄ませた。


「……ケータイの連絡先、メアド……全部消えるとか」


……なんじゃそりゃ。


「へえ……うん、そっか」

「リアクション薄い……」

「そりゃまあ『ケータイの連絡データ消える』ってのは悪いことというか、めんどくさいことだし……、もっと……『課題のワークを失くす』とか『実は学校休みじゃない』とかの方が私にとっては悪いことだよ」


そう答えると、弟はそっぽを向いて大きな溜め息を吐いた。


「……姉さんは学校のことばっかりだね」

「そりゃあね、心配事が多いし。……それがどうしたの?」

「別に? だから家事に気付くの遅かったのかなって思っただけ」

「は?」


なに? それはつまり……家事が全く出来ていないと?

まぁ確かに昼食カップラーメンは女子力低いな。悪かったね!

しかしそれを私に言うのならお前がやれば良いじゃないか。
他力本願のクセに何を抜かす。


私が一人悶々と考えていると、弟が顔を上げ、こっちを見た。


「…………あと、……明日の朝、目が覚めて街に出たら誰もいない……、とかね」


「……何が?」

「さっきの話。悪いことが起こるよってやつ」

「へぇ……?」


弟の言ったことは何だ、『明日街に出たら誰もいない』?

よくもまぁそんなあり得ないこと言えるな。
冗談にも使えないぞ。絶対ウケ悪いし。


「……あぁ、でも」


また聞こえた弟の声に顔を上げる。

……マスクをしていても笑っているのが分かる。
弟は馬鹿にするような妖しい笑みを浮かべていた。

そして、首を傾けて囁く。



「………もう、誰もいなかったりして」



…………ああ、




こいつ、電波も兼有か。




「……はぁ、そっかそっか……そうだよね。千隼くんが闇の力で皆を消しちゃったんだよねぇー。やだなぁ怖いなぁ、今すぐ戻して欲しいなぁー」


それにしてもいつからそんなニヒルな悪役の笑みスキルを習得したんだ。

その時はちょっとびっくりしたけど、思い返してみるとマスクにメガネにフードにぼさぼさだもんね!

あっはは、めちゃくちゃダサイ。

但しイケメンに限るってこういうことね。なっとくなっとく。

そりゃイケメンに限るよ。
だってこんなニートスタイルの人がやってもねぇ。
はいはい受信したのねとしか思えない。


すると弟が据わった目でこっちを見てきた。

「……それ、本気で言ってるの?」

「本気も本気、超本気。皆を返してぇー」

かっこ棒読みかっことじ。


ぶっちゃけふざけてますが何か。


「ねぇ千隼ぁー、お願い皆を返してよー」

「…………姉さんの馬鹿」


ちょっとからかいすぎたようだ。

千隼は顔を歪めるとふいっと顔を背けてしまった。

それでもなお遊び心が疼いて、ふにふにとマスク越しに頬をつつく。
それも乱暴な手つきで払われる。

なんだ、怒ってるのか? 私が中二病馬鹿にしたから?

「千隼くーん?」

「………」

「ちーはーやー?」

「…………」

「ちーちゃん?」

「………」

呼び掛けても無視。

あ、最後のはちょっと睨まれたけどね。


うん、まぁ……どうやらおいたが過ぎたようだ。
弟が怒っている。

機嫌ならきっとすぐに直ると思うから、時が経つのを待とうと思う。


私は一人頷いて、少し冷めてしまった残りのラーメンをすすった。



next…

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