恋愛

□“彼”
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いつの間にか、彼は私の上から退いていた。

その綺麗な顔をそこに埋めて舌を動かす彼を、信じられない思いで見つめる。

「ひっ、う……んぁ……っ」

行ったり来たりを繰り返すそれに、声が抑えられない。

これが初めて、という訳ではない。
ただどうしても慣れないのだ。
何か別の生き物でも這っているような、生々しい感触が、怖い。

私は、止めさせようと必死に抵抗する。

「や、やめて……っ。お願、だからぁ……っ!」
「は、やーだ……ん」
「……っ!! んん……っ、やぁっ」

却下の答えと共に、また刺激が襲ってきた。

這わすように、時折中を抉るように押し当てられ、声をあげる。

首を振って嫌だと示しても、彼は何処吹く風といった様子で行為を続けていた。

頬を紅潮させて溢れた液を飲み込む彼は、目が合うと意地悪く笑う。

「……そ、俺のことだけ見てよ。もっと感じて」
「も、やだ……」
「……いい加減、認めてよ」

途端に、敏感な上部にざらついた感覚が這う。
口に含まれて、強く吸われる。

一瞬、意識が飛びそうになった。
体がのけ反って、涙が溢れる。

思わず逃げようと、身を捩った。
でもすぐに彼に押さえられて、固定された。

そして、容赦なく責められる。

「や、やだっ、あっ、やぁあ……!」
「んっ……もっと、」
「やめ、やめてっ! っや……あっ、あぁっ!」

びくびくと体が震えて、喉が引きつる。

苦しくて、怖い。

無理矢理とも言えるような行為に、ただ喘ぐことしかできない。

でも、彼を嫌うことは出来なかった。

寧ろそこまで私を求めてくれる彼に、愛しさが溢れてきて。

どうしても、彼を突き放せない。
好きで好きで、堪らない。

私は、彼の為なら何だってできる。
なら、もう、この行為を受け入れてしまおうか。
だって私は、彼のことが好きなんだから。

それなら、嫌がってはいけない。
彼のことが好きなら。
怖い。今すぐにでも逃げ出したい。
でも、私は彼のことが好き。
だから、嫌じゃない、はず。
嫌じゃない、だから、平気。
嫌ってはいけない。
私は彼のことが好きだから。

「あ……っ、ん」

余韻に浸ったままの私から、彼の体が離れる。

何をしてるかなんて分かっていて、だから、私はじっとしてないといけない。

でも何故か、手が震えていた。


彼が、覆い被さる。
私の両手を掴んで、固定する。

「は……、ねぇ、もう、いい……?」

答えなんて、彼はきっと聞かない。
だって私が、断るはずもない。

「っん、あ、」

苦しげな息と共に、濡れそぼったそこに何かが押し当てられる。

それに思わず、息を呑んだ。
不安で、彼を見つめる。

彼も、縋るようにこっちを見つめていた。
汗の伝う頬も、少し荒くなった呼吸も、何もかもが愛しい。

目が合うと、彼は微笑む。

「ほんとは全部出して、俺のものにしたいんだけどね」

その言葉に、心が震えた。
自然と呼吸が早くなった。

それを見て彼がまた、口を開く。

でも私はそれよりも先に、掠れた声を出した。

「ね……早く、入れて……」

乞うような、私らしくない口調。
まるで嘘のようにそんな言葉が溢れた。

今日の私は、どうかしてる。

彼は驚いたように、でも嬉しそうに口角をあげた。

その途端に、彼が中へと押し入ってくる。
そして、堰を切ったかのように激しく突き上げてきた。

余りの刺激に、声にならない悲鳴が口から溢れる。

「ぁ……っやあぁ! あ、あっ、やぁ……!!」
「は、ん……っ」

彼が動くだけで、背中の力が抜かれて、痺れるような感覚が体を貫く。

涙の止まらない目は、彼のことをずっと見つめていた。

それに気付いた彼が、すっと目を細める。
彼の手が頬に伸びて、そのまま抱き締められた。

暖かさに安心して、息を吐く。

でも、そんなのも束の間、すぐに律動が再開された。


「ふぁっ……、う、やぁ……ぁあっ」
「ん、可愛い……」

彼の吐息混じりの声が耳に掛かって、首筋の辺りが擽ったくなる。
恥ずかしくて、でも気持ち良くて、声が漏れる。

彼の与えるものは、私にとって、何よりも甘い。
彼のことが好きで、好きで、仕方がない。

どうして私は、こんな大事な人を忘れていたんだろう。

それに……まだ何か、忘れていることがある気がする。

でも、考えることはできない。
彼はそんな暇、与えてくれない。


「っ、は、あぁっ! んぅ……っ」
「…………好き、だよ。俺、君のこと、大好き、だよ」
「はぁ……っ、わ、たしも、好き……」

揺さぶられながらも、彼に答える。

彼のその言葉が、嬉しくて堪らない。
さっきとはまた違う感情で、涙が溢れる。
幸せ、だな。

彼に愛されるのは、本当に幸せだ。
胸が熱くなって、ぎゅっと心を締め付けられる。

こんなの、彼にしかできない。
私をこんな風にできるのは、彼だけだ。
彼以外なんて、考えられない。



…………そうだよ。考えられる訳がない。
なのにあの人達は、あいつは、彼と私を……、



…………あ、れ、
私、今、何考えて……。

私は、何を考えてた?
そして、何を思った?

さっき考えたことは、霧がかかったように思い出せない。
でも、嫌なことだった。
すごく、嫌なことだった。

考え込んでいるところに、刺激が走る。
すぐに、現実に意識が引き戻された。


「ひっ、は……ぁう」
「ねえ、俺を見て……。俺だけを、見て。ちゃんと覚えていて。俺とあいつは、違うんだよ」


おぼろげになった頭に、彼の言葉が反響する。
でも、その意味を理解できる程の余裕なんて、私にはなかった。

彼の動きに合わせて、吸っては吐いてを繰り返す。
苦しくて、口は空気を求めている。

でも、彼はそれを許さなかった。

すぐに体が揺さぶられる。
苦しくて、息ができない。

意識が、遠のく。



「間違えないで」



最後にそんな声が聞こえた気が、した。


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