短編
□死ぬ時ぐらい
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※ヒロインは家康の攻撃を受けて死にかけてます。死ネタ。
流石は東軍総大将と言ったところか。あの一撃がこんなにも重いなんて、やはり日ノ本を背負わんと立ち上がった人間の拳だ。
おかげで出血が止まらない。
忍びは人に死を晒してはならない。誰にも気付かれぬ様に野垂れ死ぬのが定めだ。
我が主・三成様が徳川を倒し、最早私は用済みの人間。
『っ……』
痛くない、痛くないー
痛みなど感じない、人としての感情など私には必要ない。戦の道具として、時代に生かされてただけだ。川面を流れる葉のように、ゆらゆら、ゆらゆらと。
いつかはその葉も沈んでしまう。誰に知られる事もなく、たった一人で沈んでしまう。
死とは、これ程までに恐ろしいものだったか。
幾人も殺めてきた身でありながら死を恐れるなんて、滑稽な事だ。刀を握ったその瞬間から、覚悟は決めていたはず。
なのに、なのにー…
『っ……』
手が勝手に動き、傷口を抑えていた。
私は、この後に及んで生きようとしているのか?あぁ、自分が分からない。
愚かだ、本当に滑稽だ。無様だ。こんなにも生にしがみついてしまうなんて、我ながら忍びとは思えない。
「裏切るな。」
凛とした声で刀を突き付ける様な彼は、本当は誰よりも情にあつい男だった。
心の底から互いを思い合う三成と左近。
心の底から互いを信じ合う三成と刑部。
心の底から互いを認め合う三成と家康。
きっと、彼らが羨ましかったのだろうか。忍びと言っても所詮は人間。知らず知らずのうちに、焦がれていたのだろうか。
彼らの様な生き様に。
いや、いつも誰かに思われていた三成が、羨ましかったのだ。ただそれだけ。
自分では手に入れられないものを、彼はもっている。だから、三成と共にあれば何故か自分の中が満たされていた。
『私は…生まれた時から…いつも、そう……これからも……』
「独りか」
まるで私の言葉に続けるかな様に吐かれた言葉。幻聴かと疑ってしまうが、紛れもなく聞きたいと思っていた声。
『…みつ、なりさま』
ゆっくりと瞳を開けると目の前には、刀を片手にこちらを見下ろしてくる主の姿…基、三成がいた。
「その傷は、家康のものか。」
小さくコクリと頷く。すると彼はそうか、とだけ言った。家康という単語に過剰に反応していた彼がこんなにも冷静に口にするなんて、やはり今見えているものは全て幻覚であり、幻聴なのだろうか。
『……何故、ここに…いらっしゃるのですか……』
「貴様こそこんな所で何をしている?私の許可なく陣を離れる事を認可した覚えはない。」
『申し訳、ありませ…ん……主の前で己の死を……晒すわけには、いきませぬ、ゆえ……。』
「……」
『忍び、は……死を人目に晒しては、なりませぬ……』
視界がぼやぼやとして、いよいよもうだめかと諦めを付ける。この際、幻覚でも幻聴でも何でもいい。最後にこうして三成を夢に見るだけ、私はおめでたい人間だ。
でも忍びではなくて、普通の兵だったならば、彼に看取られる事も可能だったかもしれない。
そんな淡い夢を抱きながら再び瞳を閉じようとすると、黙って耳を傾けていた三成が不意に口を開いた。
「許可なく死ぬ事は許さない。」
そう言って、彼は傷口を抑えていた私の手に手を重ねた。
『っ、あ、れ…?夢…?』
「夢な訳があるか。私は、貴様を迎えに来たのだ。」
『むか、え…?』
「豊臣に尽くした貴様をこのような形で捨て置く理由がどこにある。」
至極真面目にそう言う三成の瞳は、どこまでも澄んでいた。
あぁ、やはりこの人は誰よりも優しいお方だ。
『一介の、忍びに…その様な…』
「貴様の身分などどうでもいい。貴様が豊臣の兵である事に変わりはない。」
『……みつなりさ、ま…』
「…なんだ」
『許可、を……豊臣の、尊き兵の、一人として……ここに朽ち果て、る……きょ、か……を……。』
「…刑部や左近だけでなく、貴様も私をこの世に残していくのか…?!」
『刑部さまも…左近さまも、わたし、も……いつも、いつまでも……貴方様の…お側に、おります…』
「…………」
『あなた、さまも……一人では、ありませぬ…』
「…………」
『許可、を……』
「…………」
刑部や左近、多くの兵の死を越えてきた彼は既に諦めるという事を知ってしまった。人の力ではどうにもできない事があると、知ってしまった。
一度も許可を得た事がないが、今回は……。
「許可する。」
『…ありがたき、幸せ。』
この世を去る時ぐらい、たとえ忍びだとしても。
「安らかに、眠れ。」
誰かと共にある事は、
許されるはずだ。
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思いつきで書いたシリアスなお話。三成は実はこういう人だと思っています、私は。