短編
□世界
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譲れぬものがあるから
刀をとる
聞こえは良いのだが、冷静に考えてみれば愚かな事だ。
命に勝る宝などない。
復讐にかられたところで、失ったものが返ってくる訳でもない。
三成がそれに気付いたのは、秀吉を亡くし、半兵衛を亡くし、刑部を亡くし、左近を亡くし、そして今、家康の命が消えそうになってからだ。
全てが遅すぎたのだ。
首を落とそうと振り上げた刀を力なく落とすと、自分でも訳が分からぬまま家康に駆け寄る。
「家康……」
兵達が互いを斬り合う喧騒も遠のいていき、家康の虚ろな瞳と今にも消えてしまいそうなの呼吸だけが三成の世界に落ちる。
「死ぬ、な…死ぬな、家康。死することを許可した覚えはない。」
「はは…いつぶりだろうな、こうして本気でぶつかり合ったのは…。」
「……家康」
「ワシは…お前に出会えて良かった。お前がいたから、ワシは陽だまりの中に居られた……」
「…家康、」
「三成、ワシはお前の目が好きだ。どこまでも澄んでいて、何物にも染まらないその目が……」
「家康、」
「ワシは、どうしたらお前みたいに生きられたのだろうな…どうしたらお前みたいに何かを真っ直ぐに見つめられたのだろうな…」
「家康!!!」
聞くに堪えない言葉が胸を突き刺し、と思わず声を荒げた。ハッとして家康も言葉を呑み、頭を垂れて拳を握り締める三成を見つめる。
すれ違ってきた。
何もかも。
やっと互いの目を見られたと思ったら、敵同士だった。
これが……。
「私と、貴様なのか……これが、現実なのか……?」
「…あぁ、そうだな」
「家康、貴様は…、私の全てだった」
「…ワシもだ、三成。」
氷上の上に投げ出された二人の体はまるで冷たい。
静かな氷の大地で、湧き出る水の音のみが響く。暖かな陽に照らされて、家康はゆっくりと瞳を閉じた。
「…三成、最後くらい水に触れていたい。」
「…あぁ。」
三成は家康の腕を肩に回すと、近くの湧き水が溜まっている場所まで移動する。そして再び地面に、寝かせる。
すると家康は、ゆっくりと水の中に傷だらけの手を入れた。
「……冷たいな」
「…貴様が暖かいからだ。」
「…お前の傷を癒したのは、刑部か…?」
「…そうだ。」
傷一つない三成の体を見て、家康は安心した様に微笑んだ。
「三成」
「…なんだ」
「ありがとう」
ーーーーーーーー
ずっと、ここにいたい。
眠る様に横たわった家康から離れると、三成は地面に落ちていた本を拾い上げた。
これは家康が読んでいた物だった。
豊臣を離反した戦の直前までこれを読んでいて、戦が終わったらまた続きが読みたいと話していた。
それが叶うことはなかったのだが。
三成は何となくその本を開く。何が書いてあるのかは全く頭に入ってこなかった。
ただ無音の世界で、紙をめくる音だけが響き、大きな氷上には三成と家康の二人だけ。
「…家康。」
涙が溢れ、その呟きは空へと消えた。
その傍で、帽子を深く被った家康が微笑む。
だが二人は決して、
視線を交わさない。
end.