短編
□光風霽月if
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庭の椿を愛でていると、その愛らしさに思わず笑みが零れる。
「貴女は……いつも笑っているのだな。」
暗く沈んだ低い声。ゆっくりと後ろを振り向くと、其処には彼がいた。
『そういう勝家さんは、相変わらず悲しそうなお顔ですね…』
「私はこの世に命を授かった時からこの顔だ……、だからあのお方は私を見てくださらないのか…。」
『またまた…。』
戦国時代にトリップして丁度一月。
落ちた場所は森の中で、そこを偶然通りかかった勝家さんこと、柴田勝家に拾われ、今は北ノ庄城で暮らしている。
出会ったばかりの頃は怪しがられていたものの、一月も経てばこの世界に馴染めてきた。
だが、彼から話しかけてくるのは珍しい。
彼は良い人なのだが、少々性格に癖がる。
「っ…お市様…!」
『あぁ、また始まった…元気出して下さいよ。私がいるじゃないですか。』
「貴女はお市様ではないっ!」
『分かってるよ!もうっ…本当、ストーカーとかにならないで下さいね。嫌ですよ、そんな勝家さん。』
「すとぉ…かぁ…?」
眉間に皺を寄せながら聞き返す勝家の手を取る。結婚線チェックだ。
「っ、何を…」
『勝家さんがいつ結婚出来るか診断してあげます。手相占いですよ。』
「…貴女の居た未来では、手相からそんなことまで分かってしまうのか。」
『あくまで占いですけどね…確証はないけれど、結構当たっちゃいます。』
「………」
『………』
「………」
『………』
「………」
『……結婚線、無いですね』
沈黙の後初香が苦笑しながら言った。勝家は自嘲的な笑みを浮かべると、がくりと項垂れる。
「………やはり、私が足掻いた所で未来は変わらぬか……」
『いやいやっ、あくまで占いですから!当たりませんって!!』
「先程貴女は、当たると言った」
『っう……』
「やはり、私には無理なのだ…きっと来世でも手が届かないお方なのだろう……!」
『ね、ネガティヴ……!駄目ですよ、悪い方向に考えたらどんどんそっちに行っちゃいます!』
「ねがてぃぶ…きっと、私の様な男によく当てはまる言葉なのだな…?」
『うわぁ…』
きっと何を言っても無駄なパターンだ。どんな言葉も彼には届かない。彼は良くも悪くも思い込みが激しいのだから。
折角のイケメンな顔が俯いているおかげで台無しだ。
こんな事なら手相占いなんて止めれば良かった、と初香は頭を抱える。しかも結婚線なんて……
せめて生命線とか、KY線とかそういうものにしておけば良かったんだ。
こうなってしまったものは仕方ない、初香はそう割り切ると、おずおずと勝家の両頬に人差し指を添えた。
そしてそのままクイッと指を上に押し上げる。
「な、何を…女性がこうも容易く男に触れるなど……!」
『笑いましょ。』
「……は?」
『勝家さん笑い方知らないんですか?だったら私が教えてあげます、ふふ。』
「否、知らない訳では……」
『笑っていると、良い事がたくさん起きるんですよ、だから笑いましょう!!……私もこの世界に来て、不安ばっかりですけど……ずっと笑ってたら、勝家さんとお話しできました。』
「…?」
『ほら、さっき…貴女はいつも笑っているのだなって、話しかけてくれたじゃないですか。私が笑ってたから、話しかけてくれたんですよね?いつもは勝家さんからは話しかけてこないのに。』
「……」
『ほらほら、笑ってくださいっ!私がお手本ですから!!信じていれば、お市さんだって振り向いてくれますよ!!きっと!人妻だけど!!!』
そう言ってニカっと思い切り笑った初香に、勝家もつられて口角を上げた。
こんなに顔をくずして笑う女性は初めてかもかれない、と妙な感動を覚える。
夜を抱くあのお方の儚げな憂い顔も良いが、この屈託のないこの笑顔も悪くない…と。
そして、無理矢理口角を上げているうちに何故だが、初香の言う通り明るい気分になってきてしまった。
…もしかしたら、あのお方が振り向いてくれるかもしれない。
そんな淡い希望にまた微笑む。
だがそれよりも………
「私は…貴女でも構わないのかも知れない…。」
『でも≠ヘ余計ですっ!!…はぁ、なんか、私がお市さんじゃなくてすみませんでしたね。』
「あぁ、仕方ない。」
『…はぁ。』
貴女の笑顔は、どうして私の心に光を差すのだろう。
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ifバージョン、もしも夢主が勝家の所にトリップしたら。