短編

□貴方の妻
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私は竹中半兵衛が妻、初香と言います。




婚儀をしたのは半年前ほどで、恋愛婚などではなく父と半兵衛様が取り決めた政略結婚。


初夜も何事もなく過ぎ、半年経った今でも半兵衛様とお会いするのは夜の床のみ。





しかし子を拵えるという行為は一度もありません。 つまり私は生娘。





半兵衛様は豊臣の軍師という立場であり、とてもお忙しい方。夜は床につくのも遅く、布団に横になればすぐにお休みになられます。


私は半兵衛様がお部屋にいらっしゃるまで起きてはいますが、特に会話もなく朝を迎えるのが常。





ただ上辺だけの夫婦。

そう思ってはただ耐えるだけの生活。





私の気持ちを、

半兵衛様は知りません。





私の恋慕う気持ちなど、彼には関係ないのです。





初めて顔を合わせたあの夜の、彼の言葉を私は忘れないでしょう。



「君に構っていられる時間はないんだ。ただ僕の妻として振舞ってくれればそれでいい。」





そう、

私は半兵衛様の妻。






ーーーーーーーーーー







初香は今宵も半兵衛が戻ってくるまで待とうと、布団の横で正座していた。





「…御方様、もう夜も遅うございます。そろそろお休みになられませんと…」




『…いいえ、半兵衛様が戻るまで待ちます。貴方の方こそ、もう休んでいいのですよ?』





そう微笑む主人に、女中のお菊は心を痛める。彼女は初香が半兵衛に抱く想いに気付いていた。

それ故に、こうして毎晩遅くまで旦那の帰りを待っているいじらしい初香が報われず、もどかしい気持ちになる。


すると、廊下の軋む音が聞こえた。




お菊はそれが半兵衛だと悟ると、初香に一礼をしそそくさと去る。




「…あぁ、まだ起きていたのかい」



『本日もお勤め、お疲れ様でございました。』





僅かに漂う香の香り。顔を上げると半兵衛は仮面を外しているところだった。その下の端正な顔立ちに、胸が高鳴る。





『…半兵衛様…?』



襖を後ろ手で締めたまま動かない半兵衛に首を傾げた。




そして座ったまま動かない初香に近付くと、優しい手つきで布団に押し倒しす。



突然のことに目を見開いたが、ついにこの時が来たのかと、緊張がはしった。




…だが感情の伺えない冷めた瞳に恐怖心が芽生え、思わず前のめりに近付いてくる体を手で押し返した。


それを反抗ととった半兵衛は、初香の両腕を片手で掴むと頭上に縫い付ける。



そして馬乗りになり、顔をグイッと近づけ初香の瞳を覗き込んだ。





『半兵衛様っ…なにを…?!』





怯える初香に構うことなく、半兵衛は妖艶な笑みを浮かべる。





「日中は執務で手一杯、夜は戻れて明け方に近い。」




『え…?』



「夫としては失格だ、でも君はそんな僕を毎晩寝ずに待っている。」





そう言うと、半兵衛は初香の顔を手で包み込んだ。





「薄情な僕に、何故君がクマまでつくるのかが…理解出来なくてね。

…どうしてだい?」




『………お戯れを』




「僕は真剣に聞いているんだ。答えたまえ。」




有無を言わせない威圧的な声、目がスッと細められ、掴まれた腕に力が込められる。逃げられないことを悟ると、初香は覚悟を決めた。





『お慕いしているから…にございます』



「僕を、かい…?」



『はい。

……婚儀の時の事を覚えておいでですか?緊張のあまり震えている私の手を、握ってくださりました。その時に、優しい方だと、思ったからです。』





言葉こそなかったものの、その手の温もりを今でも覚えている。



気の進まない結婚話が政略結婚という形に収まり、落胆し、涙し、初めてのことだらけで食事が喉を通らない日々が続いた。


婚儀当日は体調も悪く、相手は天下の天才軍師ということもあって緊張しかなかった。

世間では冷酷だの残酷だのと言われている殿方に嫁ぐのは、やはり恐怖でしかない。




そんな情けない自分に伸ばされた、暖かな手。その温もりに優しい方だと確信できた。




たしかに婚姻を結んで夫婦らしいことは何一つしていない。

でもそれは半兵衛様がお忙しい故に仕方のないこと、そう割り切っているつもりだ。





『私は知識もなければ刀を振るう力もない、貴方様の疲れを癒すこともままならない、ただの役立たずにございます。

私めに構う時間などない…その言葉を聞いたときは正直、涙が出そうになりました。

でも…

ただ妻として振舞ってくれればいい、そのお言葉は、嬉しかったのです。』




「…嬉しい?」




『こんな役立たずが貴方様の妻であって良いのだと、許可を頂けたような気がして。』




そう言って切なげに微笑んだ初香に、半兵衛は心臓を握られたような痛みを覚えた。




『役立たずの私に出来ることといえば、お慕いしている貴方様の帰りをここで待つだけにございます。

故に、毎晩こうして半兵衛様をお待ちしているのです。』




不意に、初香の頬を涙が伝う。何故かは分からない、だが自分で話していて、悲しくなった。

独り善がりな考えに、悲しくなった。半兵衛の気持ちが自分にないことが哀れに思えた。



静かに瞳を閉じ、涙よ流れるな、と念じる。



だが止めることはできなかった。次から次へと溢れてくるそれに、どうすれば良いか分からない。



こんな面倒臭い女、嫌われてしまう。そう思うとさらに涙が溢れ、鼻がツンと痛んだ時だった。



唇に柔らかい何かが触れる。




目を開けると其処には半兵衛の顔があり、接吻されたのだと気付く。




「ふっ……ん…」



『ぅんっ…』



角度を何度も何度も変え、舌が挿入される。口内を蹂躙され息もままならなくなり、思考が停止した。



そして呼吸が苦しくなっているのを確認すると、漸く半兵衛は唇を離す。


訳が分からない、そんな事を言いたげな顔で頬を上気させた初香に、半兵衛は微笑んだ。




「随分といじらしいことをしてくれるじゃないか。」



『っ…』



「初めにも言ったけど、僕は君に構っていられる時間があまりないんだ。

それでも君は…僕を待っていてくれるのかい?」




『勿論にございますっ!!』



「ふふ、それを聞いて安心した。


……これで僕も君を愛すことが出来そうだ。」



『っ!!!』




半兵衛は優雅に笑うと、そっと初香の帯に手を伸ばした。




「…初香君が欲しい。」



『どうぞ、お好きになさって…』





そう、私は半兵衛様の妻。


上辺だけではなくて、本当の妻になれたのだ。









end.
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10000hitお礼です!
三成贔屓な私ですが
あえて半兵衛夢にしました笑

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