短編
□人魚姫と空色
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「今日はここまでで良かろ。予定より早く終わったゆえ、我らは昼に大阪へ戻る。」
「そうか。」
毛利はそっけなく大谷に返事を返すと、書状を片付け始める。
三成は心ここに在らずと言った感じで、二人のやりとりを眺めていた。気付けば、外はもう明るい。
「…」
昨日の事をふと思い出す。あれはやはり幻覚だったのだろうか。だが、体が勝手に昨日の場所へと行きたがる。
「刑部、私は外へ出る。」
それだけ言うと、三成は足早に城をでた。
「…大谷、あやつはいつもあぁなのか。」
「疲れているだけであろ。」
海に行くまでに城下町を通る。まだ朝早く、あいている店はないが、一軒だけ朝早くから準備を始めていた。
三成にしては珍しく感心した。どうやらそこは小物を売っている店で、簪などがキラキラと輝く。光成には無縁な店だった。
しかし、一本の簪を見た途端、初香の顔がふと浮かび上がった。
「…おい」
「はい、ってえぇ!?石田三成様!?こんな朝早くから…」
「その簪はいくらだ。買う」
「はっ、はい!今すぐ!!!」
初香は岩に腰をかけ、三成を待っていた。
『来てくれるかな。』
綺麗に洗った手ぬぐいを握り締める。彼の良い香りがした。
「おい」
『…!!三成!!』
会いたかった人が現れ、初香は満面の笑みで名を呼んだ。三成は少しだけ口角をあげると、初香の横に腰を下ろす。
そして、懐から何やら紙に包まれたものを出した。
「……これを、貴様に……」
『………えっと…』
それは、プレゼントだと言うことだろうか。お互い顔が赤くなり、初香はどうすれば良いのか困り果てる。あたふたしていると、三成が声を荒げた。
「貴様に、やると言っている!!察せ!!」
グイッと押し付けられたそれを反射的にうけとる。恐る恐る包みをあけた。
するとそこには、尾鰭と同じ空色のトンボ玉が飾られた簪が出てきた。えっと声をあげて三成を見るが、彼は顔を背けこちらを見ない。
「貴様に似合うと思った。」
一言そう言う。初香は勘極まって、それを握り締め胸に当てた。
『ありがとうっ……ありがとう…!!!三成、本当にありがとう!私、嬉しいわ!』
「…ふん。かせ、つけてやる。」
そして三成は簪を取り上げると、初香のうしろにまわった。そして綺麗な金髪を掴むと、器用にまとめあげる。
「………私は今日、大阪へ戻る」
『っ…………』
後ろでそういう三成の表情は分からない。だが、初香の表情は歪んだ。もう、行ってしまうの…。
「出来たぞ。」
髪をまとめ上げた初香はやはり、美しかった。大きな瞳がこちらを見つめ、ニッコリと微笑む。彼女が動く度に簪のトンボ玉が揺れた。
そして、晒されたうなじ。
これ以上は目に毒だと思い立ち上がると後ろを向いた。
「私はもう行く」
『えっ!?』
「別れだ」
随分あっさりしている彼に、こちらが悲しくなる。
『あ、じゃあ、手ぬぐいを…』
「…いらんと言ったはずだ。」
『でも、せっかく洗ったの。受け取って』
三成は仕方ないといったようで、手ぬぐいを渋々掴む。だが、初香が手を離さない。多少乱暴に引っ張って見たが、やはり初香は掴んで離さないのだ。
「おい、離…」
『いかないで』
俯いた初香がそう言った。震えた声で。
『お願い、行かないでっ…私を一人に、しないで………』
「っ…」
思わず抱きしめた。秀吉様を失った時の自分に似ていると思い、その腕に力を込める。それでもなお、行かないでとせがむ初香に、三成は額に口付けを落とした。
『へっ……』
「泣きやめ。私を煩わせるな。……初香」
『っ…みつ…なりっ…』
初めて名を呼ばれた喜びで、今度は初香から力強く抱きしめた。あまりにもそれが愛おしくて。
三成はそのまま初香の晒されたうなじに噛み付く。逃げようと身悶えする初香を力付くで抑えた。
「…ん…」
『っあぁ、っはぁ』
痛いのに、心地よい。体がおかしくなりそうだ。初香は思わず抱きしめる腕に力にを入れると、初香の胸が三成の胸にむにっと押し付けられた。
人間のタガとは、容易くはずれる。
「っ………」
それに反応しないほど、三成も子供ではない。それを見て笑んだ初香が、艶のある声で耳元で囁く。
『……私のこと、愛してる…?』
「っあぁ、初香、貴様を…愛しているっ…!」
必死にそう言い自分を抱きしめてくる三成。初香は一旦体を離すと、そのまま三成の唇に自身唇をあてがった。
三成はそれに夢中になり、荒々しく応える。
そしてそのまま、海に引きずり込まれた。
それは、甘い罠。
(愛しているわ、三成…)
→あとがき