短編
□人魚姫と空色
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三成は海に来ていた。
毛利との同盟を結びにここまで来たのだが、夜も寝ずに話し合いが行われたので疲れていた。
あと二、三日は滞在する予定だ。これがまだ続くと思うと、溜息が零れる。
目元にはうっすらとクマを浮かべ、イラついた足取りで浜辺を歩く。
ふと、向こうの方にある岩場に目が行った。
「………幻覚か?」
人影が見えたような気がしたのだ。もしや影の者かと思い、刀を握り締め足早に向かう。忍びなどどこにでもいる。今、一人で浜辺を歩くこの状態ならば、自分を暗殺する絶好の機会だろう。
岩場につき、足場の悪いのを堪えて登る。だが遅かったのか、そこには既に人影はなかった。
「…去ったか。」
急いで来たのも徒労に終わった。そう思い元来た道を戻ろうと身を翻す。だが、そこにはもう道などなかった。
「…やはり、忍びの幻術か…!?」
刀を構え、周囲を伺う。だが殺気がない。ゆえに、人の気配もない。どういうことだと訝しげに眉を寄せた三成は、再び後ろを振り返った。
だが、やはり道はない。
「……私は、疲れているのか」
『こんにちは』
「!?」
突然声がして振り向く。気配が一切なかったので、流石の三成も驚いた。
そして声の主を捉えた三成は、更に目を見開くことになる。
『あなたは、どちら様???』
「なっ………妖…!?」
そこには、人魚が居た。だがそうやすやすと信じられる訳もなく、疑いの眼差しを向け刀を構える。
『ま、待って!!斬らないで…!私は怪しい者じゃないの!』
「私は貴様ほど怪しいモノを見たことがない…!何が目的だ!!言え!刹那だけ待ってやる!」
『私は初香。見ての通り…人魚よ』
「人魚…だと??」
『えぇ、貴方は??お侍さん??』
ニッコリと笑んで尋ねてくる初香に、三成は毒気が抜かれた様に答えた。
「…石田三成だ」
とだけ言った。
『三成…そう、三成って言うのね!素敵な名前!!』
「馴れ馴れしく呼ぶな!!…………貴様は何故ここにいる?」
満更でもないない三成は少しだけ顔を逸らす。
『私、お散歩してたら怪我しちゃって…』
そう言って初香は自分の尾鰭を少し持ち上げて三成に見せた。そこには深い傷。血が流れ出ていた。
「っ…どうしたというのだ。誰かに斬られたのか?」
『ううん、久しぶりに浅瀬に行って見たら、人間の漁の網に引っかかっちゃって。逃げようと思って暴れてたら、岩にぶつけちゃったの。』
「…そうか…」
痛々しいそれに、三成は押し黙る。初香はアハハと笑顔で言うか、やはり痛そうだ。時々顔を歪めている。
三成は懐に手を入れ、手拭いを出した。そして初香に近付くと、少し乱暴な手つきで尾鰭を掴む。
初香は驚いてビクリとしたが、その手ぬぐいを傷口に巻いて、止血してくれてるのだと気付くと暴れることはしなかった。
『…ありがと…』
器用に巻かれた手拭いにそっと触れる。そしてその上に三成が手を重ねた。
「……痛むのか」
『…す、少しだけ』
「偽ることを許可した覚えはない。正直に言え。」
『……死ぬほど痛い。こんなんじゃ泳げないわ…でも、貴方のおかげで治る気がする。ありがとう。』
笑顔で礼を述べる彼女に、ふんっと機嫌良く鼻を鳴らす。
『手ぬぐい…綺麗に洗って返すわ。』
「いい。貴様にやる。」
『でも……』
「いいと言っている。同じことを何度も言わせるな。」
『うん……あの、明日の朝も、ここに来て??私はここにいるわ。……本当にありがとう。』
ザア
波の音がわざとらしく響いて、後ろを振り向く。すると、元来た道が再び現れていた。
そして初香の方を振り向く。
しかし、そこにはもう彼女はいなかった。
「…やはり、幻覚か。」
そう思い立ち上がると、三成は城へ戻って行った。