番外編
□七夕
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8月7日。
兵の人に頼んで採って来てもらった笹の木を、三成の部屋の前の庭に飾る。この時代は8月7日が七夕らしいので、いつもとは違う七夕を過ごすことになりそうだ。
『さーさーのーはーさーらさらー、のーきーばーにーゆーれーるー、おー星さーまきーらきーら、きーんぎーんすーなーごー♩』
「…なんだ、その歌は。」
不意に口ずさんだ歌に三成が怪訝そうに眉を寄せた。
『七夕の時によく歌いません?』
「…知らん、初めて聞いた。」
『そっか、この時代にこの歌はないのか…。一緒に歌います?教えてあげますよ?』
「断る。」
『……』
相変わらずのノリの悪さに不貞腐れながらも、今年は何を短冊に書こうかと頭を巡らせた。
と、丁度部屋の前を左近と家康が通る。
「うわ、笹じゃん!…そっか、今日は七夕だもんな。」
『兵の人が採って来てくれたの。立派でしょ?』
「これから飾り付けすんの?」
『うん。飾りはもう作ってあるんだけど…あとは短冊にお願いごと書くだけだよ。』
「俺も書こうかなー。」
「ならばワシもかくっ!」
乗り気な二人に短冊を手渡すと、黙って執務をしていた三成の手が止まりこちらを見てきた。
「貴様ら、その様なくだらないことをしている暇があるならば秀吉様の為にー…」
「そんなこと言うなよ三成、偶には良いじゃないか。毎日執務ばかりしていては根が詰まるぞ?」
ノリノリで短冊に願い事を書く二人の笑みが蒸し暑さに拍車をかけた。
「黙れ!豊臣の左腕たる私がその様なことをー……」
「鈴香くん」
三成ががなりたてようとした時、澄んだ半兵衛の声が響いた。そこには刑部を引き連れた半兵衛。そしてその手に持っているものに三成は咄嗟に口を閉じる。
「僕と秀吉も書いてみたんだけど……これも飾ってくれるかな?」
『もちろんですっ!』
「鈴香よ、我も書いたゆえ三成の横にでも飾りやれ。」
『はーい。…なんか、刑部さんらしいお願いごとですね……』
「ヒヒッ。忘れよ。」
『はい、見なかった事にしますね。…秀吉様のは一番上に…っと。』
「あぁほら、とどかないだろう。僕に任せたまえ。」
『あ、すみません…』
「ははっ、だから言ったのに…」
「っく、黙れ家康!私にもその紙切れを寄越せ!」
「…すんません三成様、俺ので最後の一枚でした…。」
「なに…!?」
「三成くん、君はもう書いたのかい?」
「っ……」
半兵衛が柔かな笑みでこちらを見てくる。三成は半兵衛と秀吉でさえ短冊に願いごとを書いたというのに、それを蔑ろにしてしまった自分に嫌悪と、そして罪悪感を覚えた。
みるみる顔が青ざめ、咄嗟に跪く。
「っ半兵衛様、私は恐れ多くも豊臣の神聖なる儀式よりも己の執務を優先してしまいました……!どうか、許しを乞う許可をっ!!!」
「ふふ、大袈裟だねまったく…」
『さっきはくだらないとか言ってたのに』
「たまには兵を休ませる機会を与えてやってもいいのにな…」
ボソリとわざと呟いてやると、それに家康も便乗した。三成が余計なことを言うなという目で二人を睨む。
「三成くん。君にとってはくだらない事かもしれないけれど、こういう時の息抜きは兵の士気を高める為にも必要なんだよ。勿論、君だって少しは休むべきだ。勤勉なのはいいことだけどね。」
「っ……申し訳ありません、半兵衛様……!ならば、この私にも願いを書き記す許可をっ!!!」
「うん、いいよ。…と言いたいところだけど、紙はあるのかい?左近くんのが最後のみたいだったけれど。」
『ふふふ。はい、ここにありますよ、三成さん。』
そう笑って、鈴香は懐から短冊を出した。美しい藤色の和紙で出来たものだった。どうやら自分の為にわざわざ取っておいてくれたらしい。
「……鈴香。」
『ほらほら早く書いてくださいっ。今夜は天の川見えるかな〜』
「酒と女を侍らせて、今夜は宴っすね半兵衛様っ。」
「羽目を外し過ぎないようにね。大谷君、今夜は豊臣な行く末について軍師同士、腹をわって話そうじゃないか。」
「ヒヒッ、お手柔らかに頼むぞ賢人よ。」
「秀吉公も呼ぶべきか…語り合いたい事がたくさんあるしな……。」
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「っく、又兵衛のやつどこだ!?」
官兵衛は又兵衛こと後藤又兵衛を探すべく大阪城内を忙しくまわっていた。油断していたら逸れてしまったのだ。
「ったく、七夕だっていうのに……なんで小生がこんな目に合わなきゃならんのかね。」
きっと鈴香達のことだ、浮かれて小さな宴でも開くだろう。
…それまでには又兵衛と合流して、小生も美味い酒を頂きたいものだ。
そんな事を考えながらうろうろしていると、視界に七夕らしい物がはいる。
笹の葉に色とりどりの飾りと短冊が付けられ、風邪にヒラヒラと靡いていた。
だが、よりによって三成の部屋の前。当の本人が留守で良かった。
そしてそこに連なる名前を見て思わず吹き出した。
「なんだなんだ、童みたいなことしやがっね…天下の豊臣軍も随分と可愛いもんだな。」
誰もいない事だし一つ一つ読んでやろう、と短冊を掴む。
秀吉
力で日ノ本を統べる
家康
絆で日ノ本を統べる
「願い事っていうより宣言だな。って、この二人同じ軍で大丈夫なのか…?豊臣の方針大丈夫か…?」
半兵衛
僕には夢がある
「夢ってなんじゃ、願い事をかけ願い事を。」
刑部
全ての人間に等しに不幸よ、さんざめく降り注げ
「……何故じゃ。」
左近
悪霊退散
「……何じゃこりゃ。」
鈴香
みんなが、ずっと笑って過ごせますように
「やっとまともなのがあったな。流石は鈴香。」
三成
秀吉様、永劫におつかえする許可を……!
「だから願い事をかけ!願い事を!!何で許可を乞うんじゃ!」
何だか読んだだけなのに随分と体力を使った気がする。何故まともな願い事が書けないのだろう。
……ある意味予想通りではあったのだが、七夕の根本的な意味を取り違えているようにしか思えない。
三成の部屋の前で長居するのも気が引けるし、又兵衛を探さなくてはならない。何も見なかった事にしてその場を後にしようと踵を返しかけたが、再び吹いた風で短冊がめくれ思わず凝視する。
三成の短冊の裏に。
この平穏が続けばいい
そう書かれていた。そして思い浮かぶ鈴香の笑顔と、それを暖かな眼差しで見つめる三成の表情。
自分に対しての態度は変わらないのだが、三成自身は大きく変わったらしい。
二人を見守り続けたいと、親になったような気分で思った。
…なんだか胸が暖かい。
「…珍しく同感だな。だが、お前と刑部がいる限り、小生に平穏なんて訪れないね!!けっ!!!」
全く、小生の枷の鍵はどこに行ったんだ。又兵衛はどこに行ったんだ……
「何故じゃ…何故じゃぁぁぁぁああああ!!!!ー」
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きっとみんな裏には本音を(表も本音だけど)書いているでしょう!
秀吉・半兵衛の病よ治れ
家康・もう裏切らない
半兵衛・生きたい
刑部・三成に不幸は似合ない
左近・博打やめよう
三成・…実は嫌いじゃないから絆の力も携えて秀吉様天下取ってください
とかね笑
刑部らきっとイケメンな事書いているはず……笑
七夕スペシャルでした!