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□その一
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「石田さんと結婚しないの?」




慶次の質問に鈴香は危うく湯呑みを落としそうになった。見事に固まった鈴香を見て慶次が不思議そうな顔をする。




「だって、石田さんと鈴香ちゃん、相当仲が良いって噂だし、このご時世早めに結婚した方が良いってね!」




『ま、まぁ…そうだけど…』




この頃執務に追われ疲れが溜まっている三成の為に甘味を買おうと城下に来た鈴香だったのだが、寄った茶屋でバッタリと前田慶次に会ってしまったのだ。


孫市から鈴香の話を聞いていたようで、二人は意気投合し冒頭に戻る。




『け、結婚…とかってさ、もっとお互いを知ってからするものでしょ?』



「結婚してからお互いを知っていくのものだろ?」



『……』



「……」




価値観のズレ、否、時代のズレだ。現代人の鈴香にとって結婚とは好きな人とするものだ。そして幸せな家庭を築くもの。

だがこの時代の結婚は謂わばいつ死ぬか分からないので早く子を成そうというものだ。





それに、大きな問題はもう一つある。


私と三成は、違う時代の人間だ。





『…まぁ、私は今のままが幸せだから良いんだ。』



「…そっか。

…此処の羊羹、最高に美味いねぇ!!!!」



「おおきに!」



『三成さんにこれ買って行こうかな。』



「石田さんって甘いもの平気なのかい?」



『あぁ見えて意外とイケる口なんですよ。』




そう言って勘定を済ませる鈴香の横顔は、完全に緩みきっていた。恋はいいねぇ、慶次がしみじみと呟く。


彼も幸せそうだから良かった。孫市さんに片思いらしく、頑張って欲しいところだ。姉御肌の彼女には少しだらしないぐらいの慶次が丁度良い。



鈴香は慶次と別れると、寄り道をせずに大阪城へと向かった。


また会えるといいな。




ーーーーーーーー




城に着き門を潜ると、刑部の姿が目に入る。何か探しているようでキョロキョロと周りを見渡していた。その姿が何だかかわいい。


鈴香の足音に気が付いたのか、刑部は輿を反転させる。




『ただいまです。刑部さんどうしたんですか?』



「やれ鈴香、どこへ行っていた?」



『城下に羊羹買いに行ってました。…あれ、左近に伝言頼んでおいたんですけど
?』



「…伝わっておらぬ。三成が鈴香は何処だ、と血眼でぬしを探しておったぞ。」



『お説教されるっ…』





どうして伝えてくれなかったの左近!と叫ぶと、刑部に礼を言い三成を探した。






もうすっかり見慣れてしまった廊下、庭、景色、人、着物。

この世界に来た頃は何もかもが新しくて新鮮だったのに、今は見飽きてしまう。慣れとは怖いものである。



歩いていると、賽を片手に暇そうにしている左近を見つけた。

…仕事しなさいよ、と正直思う。





『左近!!』



「お、早かったじゃん。おかえり。」



『ただいま。…って、そうじゃなくて!三成さんに私が出掛けること伝えてないでしょ?』



「あ」




今思い出したとでも言いたげに左近が声をもらす。やはり、この男に頼んだのが間違いだったと鈴香は溜息をついた。

三成は無断で城を出ることを許さない。それは以前松永に殺されそうになったのが原因だ。





『三成さん、絶対に怒ってるよ…はぁ。』





もう怒られるのは仕方ない。そう諦めを付けた時、後ろから足音がした。


甲冑の音がカチャリとなり、二人は後ろを振り向く。




「……何をしていた」




それは不機嫌そうな三成だった。




「貴様の耳は飾りか。何処で何をしていたと聞いている。」




憤りが滲み出た声は普段よりも低い。鈴香は親に怒られる子の様にビクビクしながら口を開いた。





『ご、ごめんなさい、私…』





「何故鈴香が答える。聞いているのは貴様だ、左近。」






「へ?俺?」





『左近?』






てっきり私を問いただしているのかと思ったが、違うらしい。頭の後ろで腕を組んで呑気に突っ立っていた左近は驚いた様に目を見開いた。




「昨夜、私が貴様に貸した兵法書を部屋に持ってこいと言ったはずだ。いつまで待たせるつもりだ?」



「す、すんません三成様!鉄火場に行ってたらてっきり忘れて…あ…」



「…やはり鉄火場に入り浸っていたか」



「ちちちち違いますって!」



「罰として、その賽子を没収する。」



「っだぁぁ!それだけは勘弁してくださいって!俺これがないと生きていけないんですっ!」



「知るか。」




すんませんと何度も謝る左近を鼻で笑うと、三成は容赦なく賽子を取り上げた。


その様子がまるで親子の様で笑ってしまう。左近は泣いているけれど、やはりこんな日常が幸せに思えて仕方ならない。


だが、ハッとする。すっかり忘れていた。




『っあ、三成さん…勝手にお出掛けしてごめんなさい。』



「…貴様が城下に行ったことならば先程家康から聞いた。謝罪する必要はない。」



『え?家康さん…?』




どうして彼がそんなことを知っているのだろうと鈴香が首を傾げた丁度その時。上からの機械音に三人とも空を見上げた。





「家康!!」



『すごい、忠勝さんから飛び降りた!』




空を飛ぶ忠勝から飛び降りた青年、黄色いフードを目元まで被っていたが、降りる拍子にそれは後ろへと飛んで行った。




「鈴香殿、もう使いは終わったのか?」



『はい!あの、左近の代わりに三成さんに伝言伝えてくれてありがとうございます。』



「あぁ、気にするな!」







爽やかな笑顔の彼は、太陽の様な人間だ。



三成さんは、月。



月は太陽の光がないと輝けない。だから三成さんも家康さんが居なければ光を放つことはできないんだ。



家康さんが豊臣に戻ってきて、本当の平和が訪れた様な気がする。





「家康、鍛錬に付き合え。」



「あぁ!だが、その前にワシは鈴香殿と一服したい。」



「なに…?貴様、私の鈴香を手篭めにでもする気か!?」



「そんなことはしないよ。ワシはそんな人間じゃない。」




そう語る家康の笑顔が黒いのは、気のせいだろう。本人は無意識だ、きっと。三成は気付いているのだ、家康が鈴香に好意を抱いていることを。





『じゃあ、皆んなで食べましょうよ、羊羹!三成さん最近お仕事忙しそうだったから、疲れた時には甘い物が良いっていうし…。たくさん買ってきたから、左近も家康さんもどうぞ!!』




「マジ!?ほら、三成様も機嫌直して食べましょうよ!!」



「ワシは茶を持ってくる!」



「あ、俺も〜!」




家康と左近は仲良さげに厨へと向かって行った。二人は意外と気が合うらしく、よく二人でいるのを見かける。


そんな二人の後ろ姿をぼんやりと眺めていると、突然後ろから抱き締められた。三成だ。





「私の為に城下へ赴いていたのか。」



『…三成さん甘い物嫌い?』



「否、礼を言う。」




耳元で囁かれる少し掠れた声。これは三成が機嫌の良い証拠だ。

耳に当たる息がくすぐったくて、でも、それを気づかれたくなくて下唇を噛み締める。




香る、上品な香の香り。




鈴香の大好きな香りだ。





『…ずっとずっとこうしていたいです。三成さんと触れていたい。』



「…私もだ。」





近付いてくる二つの足音に、二人はそっと体を離した。
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