無償の愛を。
□その六
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『もう、大丈夫かな』
名無しの包帯を解いた葵が笑顔でそう呟く。
「ほんとか!?!?」
『えぇ、もう塞がってるし、名無しも動けるでしょう?』
「あぁ。」
どこか元気のない名無しの返事に首を傾げたが、気にせず手当てを再開した。こまめに包帯を変えていたおかげで、薬も残り僅かだ。
彼等がこの家から居なくなるのを考えると、寂しくて仕方が無い。長年一人で暮らしていたせいだろうか。
「おいら、井戸で水をくんでくるな!」
仔太郎はそう言い残すと、飛丸と一緒に出て行った。残された二人の間に会話はない。そして、先に沈黙を破ったのは名無しだった。
「なんでお前は、一人でこんな山奥に居るんだ?」
『………人に、会いたくなくて。』
「………何故だ?」
名無しにならば、話しても良いと思えた。
『街で、辻斬りがあったの。誰の仕業かは分からないけれど…。それで、父が犯人じゃないかって、疑われて、濡れ衣を着せられたの。……父は処刑された。私はもう街に住めなくなって…。』
「それで、此処に一人暮らしてるってわけか。」
『…うん。』
今にも泣きそうな葵に、何と声をかけてやれば良いのか分からない。
「……あそこに立て掛けてある刀は、親父さんの形見か。」
『うん。立派な刀でしょ。とても大切なのよ。命と同じくらい。…あの刀をそばに置いておくと、お父さんに守られて居る気がして。』
そう言って笑う葵の横顔は、とても寂しく思えた。若い娘ならば、着飾り街で楽しく暮らすのが良いだろうに、葵にはそれが出来ない。一人寂しく、誰に会うこともなく暮らす。
放っておけばこのまま死んでしまうのではないか、という不安に駆られた。
『明日には、ここを発つ?』
「…あぁ。世話になったな。」
『ううん、私は名無しに出会えて、幸せだったから。』
このまま此処にこの女を残して、いいのか。
そう思っている時点で、この感情が恋幕であると気付く。そう、自分はこの女に愛しみを感じているのだ。
自分の為に髪を切り、赤毛だった自分をこうも容易く受け入れた。
過去の様に語る葵に我慢が効かず、名無しは気づいたら葵を抱き寄せていた。困惑する葵に構わず、腕に力を込める。
「…お前は、一人なのか」
『今は、一人じゃない。名無しも仔太郎も居る。』
「だが、俺や仔太郎が居なくなったら、どうする?」
『そ、れは…。』
言い淀む葵に、名無しはニヤリと笑った。
「葵」
『…ん?』
「…俺と共に来い。」
『……ダメだよ。』
「何故そう思う?」
『だって、このままずっと一緒にいたら、す……好きになっちゃうもの、名無しのこと…大切なものは作らないって決めたの。失うのが怖いから。』
おそらく、父のことを思い浮かべて居るのだろう。たしかにこの乱世では、自分の大切な人間が簡単に消えてしまう。壊されてしまう。
名無しもそれはよく分かっていた。だが、それでも。
「……いいから、来い。」
逃げないと、もう決めたのだ。
『…私の前から、居なくならないで。』
葵はそっと、名無しの体を抱きしめ返したのだった。
ーENDー