ゆめ

□あまいものの話
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あら、私が一番乗りみたい。きょろきょろと店内を見回してもまだ誰も戻ってきていないようだ。他にすることがあるのか、単にまだボランティアが終わってないのかは分からないがとにかくいつものメンバーはまだいない。
…と、なるとむしろ今日はチャンスだ。誰にも邪魔されずに食を楽しむ絶好の機会。

「これ!やっと見つけたんです!ソフトクリームください!」

第四階層で、半ば地面を這うようにして見つけたその券をジローさんに両手で恭しく渡す。日々の貢献活動に勤しむ自分へのご褒美にとポケットに入れていた券はもうくしゃくしゃになってしまっている。ボランティアの行き帰りもこれを服の上から握るだけで口元が緩むくらい楽しみにしていたのだ。

「おう!すぐに作ってやる!」

「わぁい!」

カウンターの席で今か今かと待っているこの時間さえわくわくしてたまらない。どのくらいわくわくしてるかっていうと後ろを横切ったシルヴァーナに浮かれすぎ、と苦笑されるくらいだった。
他にお客さんもいないからか、ジローさんはすぐに注文の品を作ってくれた。ああ、受け取る手が震えそう。

「チョコレート味だ。貴重だぞ?味わって食えよ」

「ちょこれーと…!」

ひんやりした表層を舌先でちょんと舐めるだけで甘い幸福感が疲れた体に染み渡る。ちょこれーとは神の味がする、バニラもおいしいけどこれも最高だ。生きててよかった…。


「お、なんだよいいもん食ってんじゃねぇか」

ゆっくり味わいたいけど溶けてしまうからはやく食べなきゃいけないどうしよう、なんて甘美な悩みを満喫していた私の眉間に一瞬で皺を寄せる声を聞いた気がする。

「…うわぁまた来た」

「そんなあからさまに嫌な顔すんなよ、ひどいやつだな」

ここのPTの人でもないのに、ここのPTの人以上に慣れた様子でガソリンによくいらっしゃる彼はカルロス。他にからかう相手がまだいないからか私の隣に来ていつもの様子でにやりと笑う。

「はやくノーグPTに帰ったら?」

「今帰ってきたばっかりなんだが?」

「ふん」

とにかく、私は今遊ばれている暇などないほどに忙しい。口の中いっぱいの幸せを堪能する以外のことは何にもしたくない訳だ。
が、この男がそれを放っておかないだろうということも予想できていた。だから私は彼が塩ナトを頼んでいる間にそっとその場を離れようと腰を浮かす。

「…どこいくんだよ。俺たち2人しかいないんだから、仲良くやろうぜ?」

遅かった。しかも服のすそを捕まれ危うくこけるところだった。無意識にソフトクリームだけはと庇うような体勢は、むしろ彼に弱点を教えているようなものだとも思えたがもうどうしようもない。

「いやです!」

「そうか。じゃあそれを一口くれたら許してやってもいいぜ」

ほらやっぱり、意地が悪い!それが最も嫌だからよそに行きたかったのに。私が唇をへの字に曲げるのを見て歪むその嬉しそうな顔を本当にやめて欲しい。

「いや、です!」

「あっそ、じゃあ無理矢理もらうからいいわ」

繰り返す拒絶の言葉も意味は無く、結局実力行使に対抗するしかないのだった。考えるよりはやく動いたのは手の方で、とられないようにとにかく距離を開けたくて遠くに伸ばす。しかしそれがそもそもの間違い、彼の狙いを根本から読み違えていたことに気付いたのは決着がついた後だった。
だって誰が、そこからもらうと思うんだ。

「っ?!っ!!」

最初は口の端に付いたほんの少しをぺろりと舐められる。何が起こったか私の頭が追い付いてないと見るやすぐに追撃、油断して半開きの唇に吸いつかれた。このあたりでようやく状況を把握出来た私はさらに距離を詰めようとする彼を押し返そうと手を出すが、片方を守りに使っているためバランスが取れず力が入らない。軽々と受け止められ封殺。しかもするりと入り込んできた舌に驚いて硬直してしまう体たらく。ほんとに食べられているみたいに口内を蹂躙され、さっきまでいっぱいだった甘味はすっかり奪われてしまった。
残ったのは、溶けそうなくらいの熱だけ。

「…ごちそうさん」

おそらく耳まで真っ赤にしながらぱくぱくと口を開閉するしか出来ない私を見ながら、何も見なかったことにしているらしかったジローさんから塩ナトを受け取る余裕の彼が憎くて仕方ない。
…ああ、それにしてもこんなパニックな出来事が置きながらもソフトクリームを握る手の力だけは緩めなかった私の食い意地よ。完全に自分の唇より食べ物への愛が勝ってたのが今となっては切なくて仕方ない。だから、何となく、彼だけを責められないような気持ちになるのだろうか。

「し、死ねばいいのに!」

感情が複雑になりすぎて、捨て台詞にしても情けないこんな言葉しか出てこなかった。あんなに大事に守ったのに、勿体無いもくそもなく彼に背を向けソフトクリームを頬張ることでしか自分を誤魔化せない。


…とことんひどい、もう全然味が感じられないじゃないか。もう一度小さな声で死ねばいいのにを繰り返して恥ずかしさからか悔しさからか滲む涙を引っ込めた。


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