お話U

□V
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いつものようにバイトを終えて家へと帰ってこれば玄関には見覚えのある靴が鎮座していた。
それにリビングへと視線を向ければ案の定ソコには千春君の姿。
しかもつい最近出したばかりの炬燵に潜り込んで転寝をしていた。
この頃頻繁に家に来る彼は、炬燵を出すのが面倒くさいのか元々冬の備えをしていないのか私の家に来ては我が物顔で炬燵を陣取るのだ。
「千春くーん、そんなとこで寝たら風邪引くよー」
「ンー……」
手にしていたカバンを隅に置いてユサユサと肩を揺さぶってみるけど反応は薄くて仕方ないなぁ、とそんな彼に膝かけをかけて夕飯を作るべくキッチンへと向かった。


「鍋が食いてぇ……」
リビングから聞こえてきたその声に何を作ろうかな、と冷蔵庫を覗いていた私はふと炬燵へと視線を向ける。
目は覚めたんだろうけれど起きる気は毛頭ないのか寝転がったままそう言った千春君と視線がぶつかる。
ソレに材料あったかな、と冷蔵庫を再び覗きこめばネギと白菜とシイタケが入っていた。
殆ど野菜ばかりのソレにまぁ千春君はソレで喜ぶから良いかと思いながら冷凍庫からお魚を取り出して鍋の準備を始めた。

いつの間にか用意されていた鍋敷きの上に出来あがった鍋を置いて千春君を見やればもうすっかり目も覚めたんだろう千春君が寝転がったまま携帯を構っていた。
ピコピコと軽快な音楽が流れる携帯にご飯食べる?と声をかければン、と短い返事が返ってくる。
それにお椀とお箸を千春君の前に置けば素直にゲームを中断させた千春君がやっと体を置き上がらせた。
寝転がっていたせいか所々跳ねる髪の毛に可愛いな、と思いながらお椀に白菜なんかをよそって千春君に渡せばソレを受け取った彼が早速ソレを食べ始めた。

ウメェ、と零された言葉にアリガトと返して他愛もない話をしながら食事をすればあっという間に鍋がカラになる。
ソレに〆はどうする?と聞けば明日の朝雑炊、と返ってきてあぁ、今日は泊る気満々なんだろうなと思いながら再び炬燵に寝転んだ千春君に苦笑を洩らす。
「食べてすぐ寝ると「なんねぇよ」」
ガキか、と溜息と共に返された言葉に最後まで言わせてよ、と零せば再びカチカチと携帯を構う音が聞こえてくる。
ソレに仕方なしにと、食べ終わったお鍋やお椀を片付けていれば千春君に名前を呼ばれた。
「どうしたの?」
「今週末、暇か?」
そうかけられた言葉に今週の予定を思い浮かべて特に何もないよ、と返せばそっか、と素っ気ない返事が返ってくる。
ソレに小首を傾げて片付けを再開させればじゃぁ、と再び千春君に声をかけられる。
「土日に、紅葉でも見に行くか……?」
「土日って……泊りで?」
丁度今時期だし、とソコでやっと携帯から顔を上げた千春君にそう返せばン、と小さく頷いた彼が再び携帯に視線を落とした。
「えっと、ソレは全然構わないんだけどどうやって行くの?」
流石に単車で泊りは厳しいよなぁ、と思っていれば車借りた。と返ってくる。
え、なんかもうすでにお泊まり旅行は決定事項だったんだね
そう言った千春君に片付けを終えてリビングへと戻った私は携帯を構う千春君の側へと腰かけた。
「どこに行くの?」
「京都」
そう言ってン、と見せられた携帯の画面は京都のお宿で、既にソコには『予約を受け付けました』の文字。
しかも表示されていた宿は老舗旅館らしく高くない?と思わず零してしまっていた。
それに別に、と返した彼は画面を切り替えるとやりかけだったゲームを始めてしまった。
ピコピコとゲームをする千春君の横顔はどこか楽しげで、そんな彼の顔を見やり楽しみだね、と声を弾ませれば私をチラリと見やった千春君が携帯を閉じモゾリと体を動かした。
「ン……」
「え?あ、ありがとう」
ポンポン、と叩かれたカーペットに、スペースを開けてくれた千春君の隣へと潜り込めば二人専用の炬燵が一気に狭くなる。
やっぱ狭いね、と苦笑を洩らし小さく身じろげばクツリと笑った千春君が空いた隙間を埋めるようにピッタリと身を寄せた。
「こーいうん、すげぇ幸せ……」
暖けぇ、と小さく零された言葉にビックリしていればギュッと私を抱きしめた千春君はそのまま目を閉じた。
すぐに聞えてきた寝息に、すぐ目の前の可愛い恋人の頭をソッと撫で私もだよ、と返して私も眠りへと落ちていった。



何気ない毎日が、幸せだったりする


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