お話U

□V
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仕事終わりに恋人から届いたメールには『今日夕飯食べに来いよ(>0<)/』的な内容が書かれてあった。
未だに少しズレた顔文字を使うサッチに、それでも30代後半のオッサンにしては頑張ってるなと思いつつ了解、とだけ返した私は残りの仕事を仕上げるべくPCへと向き直った。


煌々と明かりの灯る部屋に、あぁ今日はコイツ非番だったっけ?と思いながらチャイムも鳴らさず家へと上がれば良い匂いが鼻をくすぐった。
和の国を感じさせる出汁の匂いにグゥと鳴ったお腹を押さえればキッチンからヒョコリとサッチが顔を覗かせる。
「おー、お帰りー!」
「んー、お邪魔しまーす」
仕事お疲れさん!と満面の笑みで出迎えてくれたサッチにそう返してリビングへと向かえばどこか苦笑を浮かべるサッチが視界の隅に映った。
毎度毎度交わされるそのやりとりに、私は決して『ただいま』とは返さない。
サッチ的には一度でもただいま、と返してもらえればそれで満足なんだろうけれど、だってココはまだ私が『ただいま』と言って帰ってくる場所ではないのだから。
サッチいわくお嫁さんには家事に専念してほしいらしく結婚相手は『専業主婦をしてくれる子♪』らしい。
その点で言えば私はこのままずっと今の仕事を続けたいし仕事辞めて専業主婦、なんて考えも毛頭ないのだ。
ソレで昔一回サッチとひどい喧嘩をしたなぁ、なんて思いながらリビングを見やればソコには冬使用になったテーブルの姿があった。
「今年はやけに早いね」
「ンー?まぁね、鍋食いたくなったしやっぱ鍋と言ったら炬燵でしょ!」
そう言って炬燵の上に用意されていたカセットコンロの上に出来たての鍋を置いたサッチに、さっそく炬燵へと潜り込む。
すでに温めてくれていたのか中はポカポカとしていて、それに幸せだぁ、と零せば冷蔵庫から焼酎を持ってきたサッチが私の正面へと腰掛けた。
ヒヤリ、と足を撫でた冷たい空気にゲシリ、とサッチのご自慢の長い脚が私の太股を蹴る。
「ちょっと狭いんですけどー」
「脚長くてごめんねー?お前も少し遠慮しろってんだ」
そう言って私の足を挟み込むサッチの足を蹴ればどこか楽しげにそう言ったサッチがグラスに焼酎をついでソレを差し出した。
「美味しいお酒に美味しいご飯が食べられるなんて幸せだねー」
ありがと、と言ってソレを受け取れば同じようにグラスに焼酎を注いだサッチが何故か楽しげにんふふ〜♪と笑ってグラスを掲げた。
乾杯!とかけられた声に手にしていたグラスをサッチのソレにぶつけ二人だけの鍋パーティーが始まった。



「ちょ、おま……!つみればっかり食べるんじゃありません!」
野菜も食え!と強制的にお椀の中に入れられた白菜とネギに、だって美味しいんだもん、と返せばやっぱり嬉しそうに笑うサッチ。
終始ニマニマと、表現は悪いがそう笑っているようにしか見えないから仕方ない。
笑顔を浮かべるサッチにお椀に落とされた白菜を口へと運びながらそう言えば、とふと思い出したように口を開く。
「サッチもう今年で40だよね?」
「馬鹿言うな!まだ38だってんだよ!!」
恋人の年ぐらい覚えとけ!!と声を荒げたサッチに、四捨五入すれば40じゃん、と返せば酷く落ち込んだように肩を落としたサッチがチミチミとつみれを突き始めた。
どうせ俺なんてそんな扱いだよ、と小さく零された言葉にマルコにも同じこと言ったから心配しないで、と返せばそうじゃねぇよ!!と返された。
「つか、お前自分の上司に向かって四捨五入すれば〜、とか言って大丈夫なのかよ……」
「あぁ、言った後物凄く良い笑顔で『お前さんも今年で30だねぃ』って返されたのは心に刺さった」
そうだよ、私ももう今年でアラサーなんだよなぁ……。
いやだねぇ、としみじみと零せばハハッ!!と笑ったサッチがお鍋に残っていたつみれを私のお椀へと入れてくれた。
「それはそうとお姉さん?そろそろ親御さんに結婚しろ、とか言われねぇの?」
「あぁ、もうウチの親諦めてるから。妹結婚した時点でもうどうにでもなれって感じらしい」
チラッと伺うように向けられた視線を軽く流してそう返せばそっか、と苦笑を洩らしたサッチが再びお椀へと視線を落とした。
そんなサッチをチラリと見やり私もつみれを口へと運ぶ。
「そう言うサッチさんはもうすぐアラフォーですが結婚のご予定は?」
「彼女がねぇ、なかなか踏み切ってくれないわけよ。俺的にはいつでもOKなのよ?」
そう言って再びチラッと向けられた視線に、サッチからソッと視線を外して空になった鍋へと視線を落とす。
「私仕事辞める気ないし、専業主婦になる気もないからサッチのお嫁さんにはなれないよ」
そう言って最後のつみれを口へと放り込めばキョトリと目を瞬かせたサッチが何故か笑いだす。
「え?なにお前。もしかしてずっと返事渋ってたのそんなことが理由なの?」
「そんな事って……『コレだけは絶対ぇ譲れねぇ!!』とか言ったのサッチでしょ?」
そう言ってえ?マジで?で至極可笑しそうに笑うサッチに批難の目を向ければそんなことも言ったなぁ、なんてどこか懐かしそうに笑みを浮かべたサッチはカラになったグラスに焼酎を注ぎ足した。
「確かに言ったぜー?でも、お前仕事辞める気ないだろ?」
そう言ってン?と私へと視線を向けたサッチに不貞腐れて視線を逸らせばクツクツと笑ったサッチが私のグラスにも焼酎を注いだ。
「まぁ、欲言えば、家で俺の帰り待ってくれてて『お帰りダーリン(ハート)』なんて言って美味しいご飯用意してくれてるような可愛い奥さんだったら完璧なんだろぉけど、そんなの望んでたら何時まで経ってもお前俺のとこにお嫁さんに来てくんねぇだろ?」
だから諦めたよ。と苦笑を洩らしたサッチはそれでもどこか楽しそうで、返事は?と聞いてきたサッチからふぃ、と顔を背けた。
「サッチ以上の美味しいご飯なんて作れないし『お帰りダーリン』も言ってあげられないような可愛くない女で良ければどうぞもらってやってくださいー!!」
「いーってんだよ、そんなこと!お前がこの家に帰って来てくれるだけで幸せだなぁ、って最近しみじみ思うようになったんだからよ」
じゃぁ〆はうどんな!と言ってカラになった鍋を持ってキッチンへと向かったサッチの横顔は至極嬉しそうで、髪の毛から覗く真っ赤な耳を見てそんなサッチにねぇ、と声をかけていた。
「ンー?どうした?」
「うどんより雑炊が良い」
「おま……良く入るな……」
太るぞ、と呆れたように向けられた視線にサッチさんの手料理美味しいですから、と返せばとたんに嬉しそうに笑う彼。
鼻歌交じりに料理を始めたサッチを見やり、炬燵から脱け出しそこに姿勢を正した。
「ねぇ、サッチ」
「ンー?キノコ雑炊か卵雑炊どっちが良い?」
「キノコ。じゃ、なくて……こんな不束者ですが、これからも末長く宜しくお願いします」
そう言って三つ指揃えて頭を下げればガシャンッ!!と何かが音を立てて割れる音がした。
ソレにビックリして顔を上げれば出来あがったんだろう雑炊を鍋ごと落としたサッチは顔を真っ赤にさせたままカウンターを飛び越えてリビングへとやってきた。
「お、おおおおお俺の方こそ、末長く宜しくお願いしますっ!!!」
そう言ってキツイくらいに握りしめられた手に、いやったぁぁぁぁぁ!!と言うサッチの雄叫びが夜のマンションに木霊した。



理想と現実は違うけれど
 それでもやっぱり、君が好き


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