お話U

□V
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「炬燵が恋しい季節になりましたね、マルコさん」
「あー……?そうだねぃ」
カタカタカタッ、とキーボードを叩く音だけが響くオフィスに徐に口を開けば、まるで無我の境地に入っているかのようにPCを眺めていたマルコがやっと顔を上げた。
けれども返ってきた言葉はそれだけで再びPCへと視線を戻してしまった彼に仕方なしに、と私もPCへと向き直る。
もうオフィスには私とマルコしか残っていなくて、日もドップリ暮れ星が瞬く夜空を窓越しに見やり深々と溜息を吐きだした。
明日の朝一から始まる会議の資料を何故今になって作っているかと言うと全ては出来あがった資料をPCもろとも初期化した新人のせいなのだが……。
今日はどうしても外せない用事があるんですぅ、と言って定時早々に帰ってしまった彼女は今日は合コンらしい。
良いとこの人間ばかりが集まるらしいその合コンに、意気揚々と出掛けた彼女は去り際『先輩も早く良い人見つけた方が良いですよ♪』とのたまったのだ。
「大きなお世話だこの野郎」
「恨みつらみが漏れてるよぃ」
くそったれ、と零してキーボードを叩けば少し離れたところからかけられる声。
それにPC越しにマルコを見やれば苦笑を浮かべた彼がもうあと少しだから頑張れよぃ、と声をかけてくれた。
けれども部長、お言葉を返すようですがそれならまずすべきことは意気揚々と合コンに出掛けていった新人を止めるべきではなかったんでしょうか……!!
そう言いたかったがあのデータが全てふっ飛んだ時のマルコのこの世の終わりみたいな顔を思い出したら言いたい事も口を出てこなかった。
ガンバリマス、と誠意のない声で返してもう一度PCに向き直る。
考案や下書きは全て私がやったようなものだからソレを清書するのは何の苦でもないのだが……。
如何せん、文字数が多すぎる上に図面やグラフまでふっ飛んだとあっちゃぁ、もう笑うしかない。
しょぼしょぼする目にそう言えばぁ、とやっと終わりが見えてきた資料にこちらもまたもうすぐ終わるんだろう一つ大きな欠伸を漏らしたマルコがこちらへと視線を向けた。
「今年は恒例の鍋パはやるの?」
「あー…………新人誘うのが面倒でねぇ」
「そこは部長としてもっとオブラートに包めないかな?」
毎年社員食堂で開かれる鍋パーティに、まぁソレを仕切るのは鍋奉行の4課のサッチと16課のイゾウなんだけど、ソレを思い出したマルコはそれはそれは面倒くさそうに溜息を吐きだした。
何が面倒って?そりゃ勿論16課まである課の新入社員全員に各課の部長が声をかけなければいけない事だ。
参加は自由だけれど鍋パが終わった次の日の参加しなかった子達のアウェイ感と言ったら半端ない。
いわば鍋パを通して他の部署や課の人達と飲ミュニケーションを取ろうと言うものなんだけど、最終的にはお酒も入ってドンチャン騒ぎになる鍋パに、いつも被害を受けるのはお酒が入っても素面とそう変わらないマルコ達数名なのだ。
確か一昨年ぐらいはその年に入った2課のエースにマルコが酔った勢いで髪の毛もがれそうになってたからなぁ、とか思っていればパタリとPCの閉じられる音。
ソレに思考の海から現実へと戻ってこれば既に帰り仕度を始めているマルコの姿。
「ほらほら、送ってやるから早く終わらせろよぃ」
「ちょ、待っ……!!あと少しだからっ!!」
そう言ってカバンを肩に掲げたマルコに慌ててPCに向き直ればポンポン、と叩かれる頭。
すぐ近くで聞こえた頑張れ、の声に覗き込むようにPCへと顔を近づけたマルコから慌てて視線を逸らした私は最終チェックへと取り掛かった。


「お腹減ったぁぁぁぁ!!」
さそう叫んでウンッ、と腕を伸ばせば狭い車の天井に手がぶつかる。
それにダラリと後ろへ腕を投げ出せば車を運転しているマルコから労いの言葉をかけられた。
「大したものはねぇが、ウチに寄ってくかぃ?」
「えー、でもマルコの家行くと飲みたくなるしなぁ……」
「だったら泊ってけば良いよぃ」
そう言って渋ればあっけらかんとそう言うものだから言葉に詰まってしまった。
別に付き合っているわけではないし、お互いそう言う事を口にした記憶もないけれど、なんとなく、お互いがお互いそういう雰囲気を持っている感じはある。
ただ如何せん私もマルコも結婚適齢期も過ぎたような良い歳で、今更お付き合いしましょうか、とも言いだしにくいのだ。
再びどうするよぃ?とかけられた言葉にじゃぁお願いします。と返せばどこか楽しげにマルコが笑った気がした。

マルコの家について早速リビングへと向かえばソコには少し大きめの炬燵が出してあった。
「お、おぉ……!!炬燵があるっ!!」
「そろそろお前さんが炬燵が恋しいって言いだすだろうと思ってねぃ」
出しておいたよぃ、と笑ったマルコにカバンを投げ出し早速炬燵へと潜り込む。
「………寒い」
「そりゃぁ帰ってきたばかりだからねぃ」
ひんやりとした空気が充満する炬燵の中に座椅子に腰かけ小さく愚痴ればカチリ、と電源を入れてくれるマルコ。
途端に足に広がった温かみに幸せだぁ、と零せば冷蔵庫から飲み物と食べ物を持ってきたマルコが何故か私の隣へと潜り込んできた。
「狭っ……!すいませーん、定員オーバーでーす」
「他ンとこ座ると足伸ばすなって煩ぇだろぃ」
出てってくださーい、と言えばそう返された言葉。
ン、と差し出された缶ビールに仕方なしに端へと寄れば同じように座椅子へと凭れかかったマルコが乾杯、とビールを掲げた。
ソレに手にしていた缶ビールをぶつけ二人だけのささやかなご苦労さん会が始まった。

「あー、このジャーキー美味しい!」
「ちょいと奮発したからねぃ」

「あれ?チョコがある、珍しい」
「お前さんが甘いもの食いてぇって毎回駄々こねるからねぃ」
「それはそれはわざわざありがとうございます」

「あ、ビール無くなった!マルコ、もう一本!」
「自分で行けよぃ」
「寒いから出たくない」
「俺もだよぃ」
「えー、じゃぁジャンケンで……」
「まだ飲むのかぃ……?俺ぁもう眠いよぃ」

おつまみを摘まみながらそんな会話をしていればカラになったビールに、コテンとマルコがこちらへと倒れてきた。
相当疲れていたんだろう、すぐに聞えてきた寝息に、声をかけても起きないマルコを見て近くに脱ぎ捨てていた上着をそんなマルコにかけると私もモゾリ、と炬燵へと潜り込む。
ポカポカと暖かい炬燵の中に少しだけマルコに寄りかかった私もドッと押し寄せてきた眠気に目を閉じた。



口にはしないけれど、君が好き


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