千年歌

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一日の授業も終わり国語のプリントを鵺野に提出するべくその紙の束を手に職員室へと向かっていた紫苑は、ふと視界に留まった人物に歩みを止めると微かに眉を顰めさせた。
「やぁ、紫苑ちゃん。これから職員室へ行くのかい?」
「はい、そうですけど。玉藻先生はこんな所で何をしてるんですか?」
重そうだね、とかけられた声と自分の元へとやってきた玉藻を見上げた紫苑は子供らしくコテン?と不思議そうに首を傾げてみせた。
そんな紫苑を見下ろしふ、とその口元に笑みを浮かべた玉藻は不意に紫苑の腕を捉えると自分へと引き寄せた。
「っ……?!な、んですか?!」
バサバサバサッ!!と床に散らばったプリントに、かなりの力で腕を引く玉藻を見やった紫苑はその顔を小さく悲痛に歪ませた。
「離して!玉藻先生っ……!!」
必死に腕を振りほどこうとする目の前の女子生徒に、クツリと喉を震わせた玉藻は逃げようとする紫苑の両腕を掴むとその端整な顔を紫苑へと近づけた。
「成程、上手く臭いを隠している」
「……なに、言って……!!」
そう言ってクツリと喉を震わせた玉藻に、掴まれた腕を必死に振りほどこうとしていた紫苑は自分の顔を覗き込んできた玉藻にきつく眉を寄せた。
「先生が、生徒にっ……手を出して良いと思ってるんですか……?!」
「本当の生徒なら問題になるが、貴女は違うでしょう?ねぇ『玉響尊狐(たまゆらみことのきつね)』」
そう言ってゆるり、とその口元に笑みを浮かべた玉藻に、それまで必死に抵抗する素振りを見せていた紫苑はピタリ、と動きを止めると玉藻を睨みつけあっさりとその手を振りほどいた。
「二度とその名で(わらわ)を呼ぶなっ!!!」
そう声を荒げ自分から距離を取った紫苑に、やはりな、と喉を震わせた玉藻は敵意の籠った視線で自分を睨みつける紫苑を見やるとズボンのポケットへと手の忍ばせた。
「まさか貴女が生きているとは思いませんでした」
「………何故分かった」
臭いは完全に消したはず、と小さく眉を顰めた紫苑に、キョトリ、と目を瞬かせた玉藻はふふ、とどこか楽しげに肩を震わせた。
「あの時、郷子ちゃん達がその場に現れた羽衣狐を見て『紫苑さん』と呼んでいたのを聞きまして」
そう言って小さく肩をすくませた玉藻に彼奴等…、と苦々しく顔を歪めた紫苑はいつの間にか距離を詰めていた玉藻に小さく肩を震わせた。
「羽衣一族の頭首であったあの貴女が、よもやそのような人間の子共の姿になっていようとは」
これは傑作だ、と喉を震わせた玉藻は、自分から距離を取ろうとした紫苑の腕を掴むと自分へと引き寄せた。
「ねぇ?何故そんな姿になってまでして生きるのです?人間に紛れて何をしているのです?よもや人間と仲良く暮らしているわけではありませんよね?玉響尊狐」
「―――っ、その名で……ッ!!!?」
そう言って顔を近づけてきた玉藻に、目を釣り上げ玉藻を睨みつけた紫苑は不意に鷲掴まれた口元にグッと息を詰まらせた。
「誇り、気高く、同胞でさえも寄せ付けなかった貴女が………こんな浅ましい人間共が巣くう場所で何をしている………、っ?!!」
そういささか声に苛立ちを滲ませてその口元を手で抑え少女を見下ろしていた玉藻は、一気に立ち昇った炎に咄嗟に紫苑から手を離すと大きく飛び退いた。
「もう妾には関係のないことじゃ。羽衣一族も、頭首の座も、その名前さえ、とうの昔に捨てたもの」
分かったなら放っておいてくれ、とどこか悲しげに笑みを浮かべた紫苑に、きつく口を引き結んだ玉藻はその体に纏っていた炎を消した紫苑に、その場を去ろうとする紫苑を見やるとその体を壁へと押しつけていた。
「っ……、荼吉権げん、て……っ!?」
「ただのキツネに成り下がった貴様に興味はない。その残り少ない妖力が尽きるまで、惨めな人間の子供でいるが良い」
噛みつくように紫苑の唇へと口付を落としそう言った玉藻に、突き離す様にその手を離した玉藻は床に座りこんだ紫苑を一瞥すると踵を返してその場を立ち去った。

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