お話T

□今なら素直に好きと言える
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『貴方が好きなんです』と彼女に伝えられたのはもう随分と前のことになる
その時の彼女はどういう顔をしていただろう
普段は青白い、と表現するに近い顔色を紅く染めていたような気もする
彼女でも此処まで顔色を良くさせる事が出来るのか、と少し場違いなことをその時は考えていただろうか
自分が妖怪だと知っても怖がる事もせず、人の『愛』について熱心に語ってくれた彼女に私は人間に興味はないのだと、そう答えただろうか
その時の、彼女の泣きそうな笑みを思い出してツキリ…と心臓が痛む
何かを思って心臓が痛むときはソコに『ココロ』があるからだと言っていたのも、彼女だっただろうか

「ならば……この痛みを消す方法も教えてください」

そう、無人のベッドを見つめ静かな部屋に呟けばぼんやりと淡い光が浮かび上がりベッドの上に彼女が姿を現した。
『誰にも興味を持たないようその『心』を捨てちゃえば、もう痛い思いも辛い思いもしなくてすむんじゃないかな?』
そう、ひどく困ったように笑った彼女に折角人間の感情と言うものを理解し始めたのにですか?と言葉を返せばまた苦笑を浮かべた彼女が静かに私の前へと降り立った。
『だったら……その痛みを忘れられるくらい、素敵な恋をしたら良いんじゃないかな?』
きっと今の玉藻先生なら出来ますよ、と笑った彼女は私が死にかけた事も、生きる術を与えられた事も知っていて、きっと鵺野鳴介の次に私の事情を分かっている人間なんだろう。

そんな彼女の危篤の知らせを受けたのは
不運にも私が遠征でこの地を離れていたときだった。
駆けつけたときにはもうその心臓が動きを止めてから随分と経っていて
冷たくなった体に、普段よりも一層青白い顔色をした彼女がベッドに静かに横たわっていた。

「人間と言う生き物は……とても脆い生き物だ」
『元々心臓が弱かったから、仕方のない事。覚悟はしてたし、思い残すこともないよ。
あぁ、そろそろ行かなきゃね。じゃぁね、玉藻先生』
さようなら、と笑った彼女は今までで一番幸せそうで、今まで幾度となく人間の『死』を見てきたと言うのに何故こんなにも胸が締め付けられるのだろう
徐々に透けていく彼女の体に、このまま行かせてはいけない気がして気が付いたら私の手は彼女の手を掴みその場に引きとどめていた。

「貴女が………好きです」

この胸の痛みに名前をつけるのならば、きっとそれは『恋』なんだろう
そう言った私を呆けたように見ていた彼女の頬をツッと涙が伝った
『っ……、卑怯だ…そんなのっ……。そんなこと言われたら………成仏なんて、できなくなるっ』
「きっと伝えなくとも私の『想い』が貴女をこの世に引き留めてしまっていたことでしょう。ならば、いっそのこと気持ちを伝えてしまえば良い」
生まれ変わったら元気な体に生まれたい、と彼女から幾度となく聞かされたその話に
もう『次』はないのだと、暗にそう言葉にして彼女の頬を伝う涙をその手で拭う
人が涙する姿がこんなにも綺麗だと思えるのも、きっと彼女だからなんだろう
「好きですよ」
ポロポロと涙を流す彼女に、もう一度そう言葉にすれば不思議と胸の痛みが無くなった


今なら素直に好きと言える
         『確かに恋だった』様より【甘い恋10題】

貴女を失ってから気付くなど、




甘くないですね……


 

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