お話V

□ウタT
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「喰種が恋をしたらいけないのかな」

「え……?」
今までずっと黙々とマスクを作っていたマスク屋さんがポツリと零したその言葉に、読んでいた雑誌から顔を上げてそんな彼を振り返る。
『喰種』が『恋』をしたら、と言ったのかな、今この人は。
唐突に振られたその話に、キョトリと目を瞬かせてマスク屋さんを見ていればどう思う?なんて意見を求められてしまった。
だから取りあえず開いていた雑誌をパタリ、と閉じてそんなマスク屋さんと向き合うことにした。
「そもそも……喰種って恋愛感情あるんですかね?話し聞く限りじゃ人襲って食べる野蛮な生き物ってイメージしかないんですけど……」
そう言ってんー?と首を傾げてみればパチリ、と一つ瞬きをしたマスク屋さんはそんな私を見るとどこか楽しそうにその口元に笑みを浮かべてくれた。
「あるんじゃないかな?だって彼等、人に紛れて生きてるんだよ?もしかしたら『人間』の恋人がいる『喰種』だって、いるかもしれないじゃない」
そう言ってよいしょ、と座っていたイスから立ち上がった彼はあぁ成程、と納得する私を楽しそうに見下ろすとそのままテーブルへと腰掛けた。
「ね、君はどう思う?喰種は、恋なんかしない方が良いと思う?」
「んんー……どう、なんでしょうね?喰種に人と同じ感情があるのなら、恋愛の一つや二つ、しても良いのかな、とは……?」
どこか楽しげに私に意見を求めるマスク屋さんにそう言葉を返して首を捻ればソッカ、なんて……聞いたわりにはどうでも良さそうに返事をした彼が私の手から雑誌を抜き取ってパラパラと捲り始めた。
そもそも喰種って人間を食料(エサ)以外として見ているんだろうか……?

「喰種が人に恋をすることほど、報われないことはないよね」

そんな疑問が頭を擡げてんー、と声を漏らしていた私はそうポツリと零された言葉に、興味なさそうに雑誌を見ていたマスク屋さんへと視線を向けた。
未だ視線は雑誌に向けたままの彼は、何でそこまで喰種の恋愛について興味を持つんだろう……?
確かに前からちょっと変わった人だなとは思っていたけど
「その逆もあるのかな。人が、喰種に恋をする」
「まぁ……ソレも然りだとは思いますけど……好きになっちゃったら、人とか喰種とか関係ないんじゃないですかね?」
どの道報われないかなぁ、なんて零して雑誌をパタリと閉じたマスク屋さんに、テーブルに置かれた雑誌を見てそう言葉を返せばキョトリ、なんて可愛らしく目を瞬かせた彼がフーン…と相槌を打つとまた私を見下ろした。
「じゃぁたとえば、今目の前に居る人がホントは喰種だったら?君はどうする?」
「いやぁ、笑えない冗談やめてくださいよ」
そう言ってニッコリ、と口元に弧を描いたマスク屋さんにアハハ、なんて笑って返したのに彼は何も答えてくれなくて、より一層その笑みを深めただけだった。
ジッと向けられるその瞳は紅くて、刺青だと言っていたその真っ黒い眼球はどこか私の反応を楽しんでいるようで……
あれ……?そもそも私この人が珈琲以外口にしてるところ見たことないな……
っていうか……そもそも何で急にこの人は『喰種』の話しを始めたんだろう……
「あの……マスク屋さ「ソレ、やめてほしいな」」
どうか冗談だと言ってくれ、と言う想いを込めて名前を呼べばそんな私の言葉を遮った彼がその顔をグッと近づけてくるものだから咄嗟にその身を引いてしまった。
「僕は『ウタ』だよ。『マスク屋さん』なんて名前じゃない」
「っ、わ…分かってます!!分かってますからウタさんっ、ちょっと、離れてっ……」
楽しげに弧を描く口元に、黒で膨張されたその眼球にぼんやりと浮かぶ紅があまりにも綺麗に見えて、警鐘を鳴らす頭とは裏腹にバクバクと煩いくらい音を立てる心臓はきっと正直だ。
綺麗な顔してるな、なんてどうでも良いことを頭の片隅で思いながらコレ以上逃げられないのにソファーの背凭れにグッと体を押し付ければスッと伸びてきたウタさんの手。
それにあぁもうダメだ、と覚悟を決めてギュッと目を瞑ればゆるり、と撫でられた頬とふに、と唇に感じた柔らかい感触。
あぁ私は食べられてしまうのか…、とカチリと口端に当たったウタさんのピアスの感触に、手をきつく握り締め来るであろう痛みを想像して身を固くしていればふはっ、と小さく吐き出された笑い声。
唇を撫でた吐息に恐々と目を開ければ楽しげに目を細め私を見下ろすウタさんの視線とかち合った。
「ビックリしたね。ごめんね?でも、もう隠すのも疲れちゃったからさ。大丈夫、君はお気に入りの子だから、食べたりしないよ」
「っ……じゃ、ぁ……喰種だっていうのは………」
「ホントだよ」
否定してほしかったその問いかけはすんなりと肯定されてしまって、あまりの出来事に言葉を返せずにいるとそんな私を見たウタさんがまた、楽しげにその口元に弧を描いた。
「CCGに言ってもいいし、今すぐ此処から逃げても構わない。ぼくは君になにかするつもりは全然ないから」
「どう、して……黙ってれば、今まで通り……過ごせた、のに……」
そう言ってポンポン、と頭を撫でる手はいつもの彼と何ら変わらず優しくて、どこか少しだけ寂しそうに笑ったウタさんに、今すぐにでも逃げなければいけないのに私はそう声を漏らしていた。
「うん、そうだね。黙ってれば今まで通りの関係でいられたんだろうけど、やっぱりそれじゃぁ嫌だなって思ったからさ」
そう言ってゆるり、と口元に笑みを浮かべる彼になにも言葉を返せない。

なにも知らなければ、今まで通りマスク屋さんと運送屋としてやっていけたのに……

なにも知らなければ、今まで通り彼を『人』として見ていられたのに……

なにも知らなければ……こんなに胸が痛むことだってなかったのに……

「なにも……知らなければ…………」
「なにも知らなかったら、終わることも始める事も出来なかったでしょ?君の事好きになっちゃったんだ、許してよ」
そう言ってまた楽しげに笑ったウタさんに息を呑む。

『喰種が恋をしたらいけないのかな』

最初に投げかけられた言葉の意味をやっと理解したら不意に涙が溢れてきて、ポタリ、とジーンズを濡らしたその涙にまた一つ、ウタさんは笑みを零してそんな私のオデコにコツン、とオデコをひっつけた。
「好きなんだ、君が」
「っ………そ、なの……反則だ……っ」
怖くない、怖くない。なんて、笑って頭を撫でる彼の手に、どこまでも優しいその声色に、彼から逃げるという選択肢はもう私の中に残されていなかった。


道化師(ピエロ)の仮面が外れた日


HySyにマスク材料を届けに来る運送屋の彼女とウタとのお話。続きませんけど……


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