お話V

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「え?あ、え?引越しの、挨拶……?」
そう言った玉藻さんに、この人引っ越すんだろうか?とか、それとも昨日の私の挨拶の仕方がやっぱり気に喰わなかったんだろうか?とか思っていれば小さく眉を顰めた玉藻さんがカップをテーブルに置いて手を組んだ。
「やはり、した方が良いものなんですか?」
「え……?まぁ、基本的には引っ越し先ではするものですけど……」
それがどうした、という意味も込めて小首をかしげればますますその眉を顰めた玉藻さんはやはりそうなのか…、と小さく声を漏らすと溜息を吐きだした。
悩ましげな表情も様になるってホント神様は不公平。
どうせなら私の顔もチョチョイのチョイ!と美人さんに変えといてくれればこの無理難題のトリップも少しは楽になったのに。
そんな事を思いながらどうしたんですか?とジッと一点を見つめる玉藻さんに声をかければ、ふと視線を上げた玉藻さんが私を見た。
「いえ……こちらに越してきた際、近隣の方に挨拶をしなかったもので」
どうしようかと、と声を漏らした玉藻さんはさながら人間のようで、っていや、ちょっと待て……『お伺いしたいこと』ってもしかしてそんなことですか?
もっと、こう……貴女は何処から来たんですか?とか変わった気を感じますね、だとかじゃないんですね。
そんな事をちょっとだけ期待していた私はあまりにも素朴なその質問に思わずはぁ…、と呆けたように声を漏らしていた。
ソレに私を見やった玉藻さんに、あぁ気分を害してしまったか…?とか思っていればどうしましょう?と言葉を投げ掛けられた。
どうするもこうするも……、え?もしかして私今相談されてます……?
あの『妖狐玉藻』さんに引越しのマナーについて相談されてるんですか……?
そう声をかけジッと私の返事を待つ玉藻さんに、んー…と声を漏らして視線を宙へと投げる。
「玉藻さん、コッチに越してきてどれくらい経ちますか?」
「3ヶ月程ですかね」
うわビミョー……。まだ1カ月とかならバタバタしてて〜、とか言って挨拶周りできるけど、3ヶ月か……。ちょっと厳しいな……。
そう言った玉藻さんに再びンー、と声を漏らせば行った方が良いんですかね?と首を傾げられた。
あざといし格好良いしなんだこの人。
まるで『コテン?』という効果音が付きそうな仕草で私を見やる玉藻さんに、あぁクソッ!!と心の中で悶絶しながらソッとそんな彼から視線を逸らす。
「まぁ、基本はご近所付き合いもあるんで行った方が良いんでしょうけど、3ヶ月も経ったら流石に遅いかと……。それにまぁ、今までそんなに隣近所とも関わりがなかったのなら今更挨拶なんてしなくても良いのかも。特にコッチは都会で、住民同士の繋がりも挨拶程度なら尚更ですかね?田舎だとそうは言ってられないけど」
そうだよ、田舎の団結力は凄まじいんだよ。何かあるとすぐ駆けつけるような、まるで町全体が家族のようなあのアットホーム感!
初めて一人暮らしをしたとき隣のおばさんからドッサリと野菜を貰った時はホント驚いた。
今は野菜もばかにならないからねぇ、なんて笑いながら丹精込めて作った野菜を提供してくれたおばちゃん、挨拶もなしに居なくなってホントゴメンね。
そんな事を思い出して一人感傷的になっていればそうですか、と納得したように頷いた玉藻さんはようやくスッキリしたようにカップへと手を伸ばした。
「大変勉強になりました。それでは私はこれで」
「え?あ、あぁ……はい、お役に立ててなによりです……」
そう言って珈琲を飲み終えた玉藻さんはソファーから立ち上がるとさっさと玄関へと歩きだしてしまった。
失礼しました、と言って家を出て行った玉藻さんに、嵐のように過ぎて行ったひとときに、まぁあの人も人間の世界に馴染むためにアレコレ頑張っているんだろうな、と一人頷いた私は中断された夕飯を食べるべくカラになったマグカップを手にキッチンへと向かった。


まず初対面の人間の家にズカズカ上がるのは人間としてマナー違反だよ。とは流石に言えなかった


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