お話V

□U
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人がまばらに残るオフィスにカタカタとキーボードを打つ音だけが響く。
時計を見やればもう7時で、定時早々に帰った面々を思い出して小さく舌打ちを零す。
明日提出する書類ギリギリになって持ってくるか普通?!
しかも私の担当じゃないのに暇だよね?とか決めつけて押しつけてくるし!!
暇じゃないんですー!!
今日はもともと予定入ってたんですー!!
それでも他にやってくれそうな人がいなかったのかはたまた中間管理職的な位置に居る私に頼むのが一番楽だと思ったのか部長は私に仕事を押しつけると定時早々に帰宅した。
今日は家内がご馳走作ってまってるからー♪とか言って帰った部長、明日憶えてろ
私だってずっと楽しみにしてた花火大会キャンセルしてまで残業してるんだぞ……!!
残業が入ったと連絡した時の彼のちょっと気落ちしたような声を思い出して深々と溜息を吐きだせばもう帰れば?なんて甘い囁きが向かい側からかけられた。
それに顔を上げれば同じようにサービスと言う名の残業をしている同僚が苦笑交じりにこちらを見ていた。
「や……、ホントは今すぐにでも仕事投げ出したいけど……あとあとソレが自分に降りかかってくるから」
それだけは絶対いや、と言ってEnterキーをちょっと荒々しく叩けば眉間、凄い皺。と言われてしまった。
それに再び舌打ちを零して時計を見やればいつの間にか7時半。
あぁ、これでも急いでいたほうなんだけど……
待ち合わせ時刻を大幅に過ぎた時計に溜息を吐きだせば向かい側からヨシ、と声が聞こえてきた。
それに再び同僚を見やればちょうどPCを閉じたところでこちらを見やった同僚がニッコリと笑みを浮かべた。
「お先〜」
「ハイハイお疲れ様」
頑張れ、と手を振ってオフィスを後にする同僚を見送ってオフィスを見渡せばさっきまでちらほらと居た残業組もいつの間にか居なくなっていた。
ポツリ、と一人取り残された部屋にあぁ、もう!と声をあげてタンッ!!とEnterキーを叩く。
折角オニューの浴衣まで買ったのに……
今日だけは絶対残業したくなかったのに……
無理にでも断っておけばよかった、と溜息を吐きだしてデスクに突っ伏す。
静かなオフィスに聞こえるのは自分の溜息だけで、なんだか惨めになってきた。
もう帰ってしまおうかな、と思ったところでオフィスの入り口からオ、と声が聞こえてきた。
「やっぱりまだやってたねぃ」
「マッ、ルコ……!?」
そう言ってハハハ、と笑って中へと入ってきたマルコに伏せていた顔を慌てて上げて彼を見やる。
今日は定時に終わるって言ってたのに……なんで居るんだろう……
「お前さんもつくづく損な性格だねぃ」
無理にでも断りゃ良いものを、と言ったマルコはやりかけの書類へと視線を落とすとあと少しかぃ?と私を見やった。
「う、ん……。あと、30分もあれば、終わるけど……。アレ?マルコ、今日は定時だって……」
「あぁ……。お前さんがいねぇのに定時で帰っても意味はねぇだろぃ?」
ついでに明日の会議の書類作ってたんだよぃ、と苦笑を洩らしたマルコにますます申し訳なくなってすいません、と謝ればクシャリと頭を撫でられた。
あぁ、この日のためにっていつも残業ばかりのマルコも定時で終われるように頑張っていたのに……
「じゃぁ、少し息抜きでもするかねぃ」
俯く私の頭をクシャクシャと撫でていたマルコは時計を見やるとどこか楽しげに笑みを浮かべた。
ソレに首をかしげていればホラ、と手を差し出され二人でオフィスを後にする。
薄暗い通路を歩き階段を上り始めたマルコに、思わずどこ行くの?と聞けば私を振り返ったマルコが小さく笑みを零すとポケットから鍵を取り出した。
「管理棟からちぃとくすねてきてねぃ」
そう言ったマルコにプラプラと揺れるカギを見やればプレートには『屋上』の文字が書いてあった。
再び階段を上り始めたマルコに、慌ててそのあとを追いかければ最上階へとやってきたマルコが手にしていたカギで屋上へと続く扉を開けた。
星がまばらに煌めく夜空に、眼下には街のネオンが煌めいていた。
シンッと静まり返った屋上に、昼休みはあんなに賑やかなのに、と思いながらフェンスに凭れかかり手招きをしたマルコの元へと駆け寄った。
「寒くはねぇかぃ?」
「うん、だいぶ暖かくなったね」
時折肌を撫でる生温かい空気に、マルコの隣へと並べばこの街が一望できた。
初めて見下ろす夜の街並みに凄い、と声を漏らせば隣で煙草を取り出したマルコが時計に視線を落とすともうそろそろだねぃ、と声を漏らした。
それに街からマルコへ視線を戻せば眩い光が視界の隅に映った。

 ―――ドオォォォンッ!!!

「花火だ……」
次いで遅れて聞こえてきた音に、マルコから空へと視線を向ければ空に大きな花が咲いた。
ドォン、ドォン、と打ちあがる花火にポカリとそんな花火を見上げていれば風に乗って煙草の匂いが漂ってきた。
「去年もねぃ……こうやって残業してたら丁度花火が上がってねぃ」
良い場所だろぃ?と笑ったマルコはソッと私の腰に手を回すと同じように空を見上げた。
小さく弧をかいた口元に、優しげな横顔を見やりうん、と頷いてマルコの体にソッと凭れかかれば小さく笑ったマルコに頭を撫でられた。
咲いては散っていく大きな花火にゴメンね、とありがとう、を言えば私へと視線を落としたマルコが小さく笑みを浮かべた。
「お前さんとこうやって花火が見れるなら俺ぁどこだってかまわねぇよぃ」
そう言って柔和な笑みを浮かべたマルコにありがとう、と笑みを返せばやっと笑ったねぃ、と言った彼が小さく身を屈めた。
近づいたその距離に、条件反射の様に目を閉じれば軽く触れて離れていったマルコの唇
再びクシャリ、と撫でられた頭に目を開ければやっぱり優しい笑みを浮かべたマルコがそこにはいた。
「さて、戻ろうかねぃ」
「うん、あと少し頑張るよ!」
「終わったらメシでも食いに行くかぃ?」
「あ、じゃぁ白ひげのオヤジさんのお店に行きたい!」
「よぃよぃ」


二人だけの秘密の場所


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