お話V

□U
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星が煌めく8月の空に、今日も疲れたなぁ、なんて思いながら帰り道を歩いていればチリンチリン、と後ろから自転車のベルの音がした。
それに足を止めて後ろを振り返れば結構なスピードでこちらにやってくる一台の自転車。
「オツカレー!」
「エース……バイトは?」
キキッ!!と急停車した自転車に、それに載っていた我が恋人を見やれば今終わった、と笑ったエースは私のバッグを受け取ると荷物カゴへと押しこんだ。
ムギュッと詰め込まれたバッグにもっと丁寧に扱ってほしい、と抗議の声をあげようとすれば私の手を引いたエースが自転車の荷台を叩いた。
「ホラ!時間ねぇんだ、早く乗れ!」
「え?ちょ、どこ行くつもり?」
そう言って有無を言わせず自転車の荷台へと乗せられた私は再びママチャリをこぎ始めたエースに慌ててエースの腰へと腕を回した。
薄暗い夜の坂道をライトが半分壊れたような自転車で悠々と登るエースはどこか少し焦っているようで、どこ行くの?と声をかけても着いてからのお楽しみだ、と答えるだけだった。
それに仕方なしに、とそんなエースの背中に凭れかかればふわりと良い香りがした。
香水なんて付けてないくせに何でコイツはこんなに良い匂いがするんだろう、と思いそういえばコイツいっつも洗濯物は石鹸で洗ってたな、なんて思いだす。
逞しい背中だなぁ、なんて思っていれば着いた!と声を上げたエースがカゴの中のバッグを引っ掴むと私の手を取って走りだした。
後ろでガシャン、と聞こえた自転車の倒れる音に、そういえばアレステップが壊れてたっけ、と思いながら前を走るエースを見やる。
「ちょっとエース君?!ホントどうしたの?」
仕事で疲れた体に坂を上る元気はなくて、半ば引っ張られるようにエースに連れてこられたのは街が見渡せる丘の上だった。
少しだけ息を切らせたエースはどこか楽しげで、そんな彼から街へと視線を向ける。
夜でも明るい街に、あの辺がウチかなぁ、なんて思っていればギュッと手を握りしめられた。
「ホラ、もうすぐだ」
それにどうしたんだろう、とエースを見上げれば私を見下ろしたエースがニパッと笑みを浮かべ空へと視線を向けた。
それに習うように空を見上げれば光の弾が空を上って行くのが見えた。

 ―――ドオォォォォンッ!!

パッと咲いた花に、おぉ!と感嘆の声を上げればニシシ、と笑ったエース
「ハルタに、今日花火大会だって言われて」
すっかり忘れてた、と言ったエースにそう言えばそうだったな、なんて町内に貼られていた貼り紙を思い出す。
どうせ私は仕事だしエースもバイトだから、と気にしていなかったけど……
まさかエースが花火を見に連れて来てくれるとは思わなかった
いつも花より団子のあのエースが……
咲いては散っていく花火に、綺麗だねー、なんて声を漏らせばどこか得意げに笑ったエースが私の後ろへと回った。
そのまま地べたに座ったエースに、どうしたの?とそんなエースを見下ろせば即席イス!なんて言って自分の膝を叩いたエース。
それに座ろうかどうしようか迷っていれば手を引いたエースにポスリ、と抱きこまれてしまった。
「この方が見やすいだろ?」
「エースって……ホント突拍子もないね」
さっきといい今といい、と少し呆れたように言えば再び笑ったエースは私の頭に顎を乗せるとキレーだなー、なんて声を漏らした。
どこか楽しげに体を揺らすエースに、そんなエースに凭れる様に同じように空を見上げる。
そういえば毎年毎年花火大会の日は仕事で、帰り道ちょっと空を見上げるぐらいでしっかり花火なんて見ていなかったな……。
「なんか、こうやってエースと花火見れて幸せかも」
「おー、俺も幸せだ!」
そうポツリと零した言葉にニシシ!と笑ったエースはギュッと私を抱きしめた。
どこか甘えるように頬を寄せるエースに、そんな彼を見上げれば楽しげな視線と目が合った。
「ありがと、エース」
「どーいたしまして!」
そう言ってふふ、と笑えばおでこにキスをしたエース。
少しだけ恥ずかしそうに笑ったエースに、もう一度笑みを浮かべて私は空へと視線を戻した。





「腹減ったなー」
「ねー。何か食べに行こうか」
「オヤジのとこのラーメン!」
「ホント『白ひげ』好きだねー」
「おう!あ、そういやコレブレーキ壊れてんだった」
「はっ?!!だから早く自転車買い換えろって言ったでしょー?!」
どうしよう、と声を漏らしたエースに、猛スピードで坂を下る自転車。
数メートル先に見えたガードレールに、秒後の自転車の末路が頭に過った私はギュッとエースにしがみついた。
「ヨシ!飛び降りるぞ!」
「ちょっとマジで勘弁して下さいっ!!!」


二人ならきっと楽しいはずさ!


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