そして君に恋をする

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「あっ!!!!…ぃって…」

ジリジリと胸を焼く不快感に、それでも黙って練習風景を見ていれば、ガラス瓶の上を走っていた甲斐君がバランスを崩してその場に倒れこんだ。
立ち上がった時に左腕を押さえていた甲斐君に、本当ならば今にも駆け寄って手当てをしてあげたいのに………。
きっと誰かがやってくれるはず、とグッと唇を噛みしめてただただそんな甲斐君を見つめる。
「甲斐ー!!やーはぬーをやってんだぁ!!もうゆたさん!やーは素振りでもしてろっ!!」
甲斐君が怪我をしているのは明白なのに、監督はそう言うと再び他の部員達をしごきだす。
どうなってるの、ここは……っ!!
おかしいじゃん、だって……怪我人出てるんだよ?!
「あいひゃぁ〜、ヘマしちゃんばぁよ」
テニスラケット片手にコッチへとやってきた甲斐君はそう言ってハハハ、なんて笑っている。
何で笑ってるの?だって、血が出てるんだよ?
そのまま何事もなかったように素振りを始めようとする甲斐君に、その腕を咄嗟に掴んでしまった。
「ぬぅーがんばやーよ?」
「『どうした』じゃないでしょ!?素振りより何よりっ、まず手当てしなきゃいけないんじゃないのっ!?」
掴まれた手にキョトリと目を瞬かせた甲斐君は本当に不思議そうに私を見ていて……
やばい、泣きそうだ私……
だって、こんなのテニスの練習なんかじゃない。
そう声を上げた私に、甲斐君はそんな私の顔を見ると困ったように笑い頭をかいた。
「コレがわったーのやりかたさー、監督の指示はかんなじ(絶対)さ」
酷ぇだろ?なんて笑って言う甲斐君に何も言えなくて私は再び監督のほうへ顔を向ける。
監督はまた一人躓きこけた部員を海に投げていた。
もうダメ……頭にきた
プツリ、と何かが切れた頭に、側に置いておいたテニスバッグからラケットとボールを取り出しギチリ、とボールを握りしめる。
「楓……?」
ラケットとボールを取り出した私に、それを不思議そうに見る甲斐君を尻目に私は高く、高く、ボールをトスする。
グリップをきつく握り締め、ストリングのど真ん中、渾身の力を込めてボールをぶち当てる。
ズバンッ!!と良い音が辺りに響いてボールは一直線に監督の元へと飛んでいく。
離れた場所から聞こえたサーブの音に、なんだ?と監督がこちらを振り向くのが見えた。
そんな監督の顔面右側すれすれを掠めてボールは木にぶち当たった。
シュルシュルと音を立てて幹の上で回転したボールは、反動をつけて今度は監督の顔面左側を横切って私の手の中に戻ってきた。
あぁ、我ながらナイスコントロールだ。
バシンッ!!と音を立てて手の中に戻ってきたマイボールに、ヒュッ…と隣で甲斐君が息を飲む音がした。
ちょっとジンジン擦る手を数回振って監督を見れば、その場にベシャリ、と尻餅をついて顔を青ざめさせる監督の間抜けな姿が拝めれた。
いやはや、愉快愉快。
「すいませーん!!私、ノーコンなんですよぉ!!」
そう言って心にもない謝罪を監督に向ければ、やっと我に返った監督は浜辺から立ち上がると眉を釣り上げて私に歩み寄ってきた。
グッと掴まれた胸元に、顔を憤怒に染める監督をジッと見上げる。
「楓っ!!」
「やーなまわざと狙ったやっさーっ!!?」
「手元が狂ったって言ったじゃないですか。良いんですか?教師が、生徒に手をあげて」
「−−−−っ!!!こんのくすわらばーっ!!」
そう言ってクスクスと笑う私を突き飛ばし尚更その顔を真っ赤に茹で上がらせた監督はまるで蛸のようで、じゃなくて振り上げられた手を見て流石にマズイ、と身構える。
あぁ、殴られるかな、と降り降ろされる拳に身を固めていれば、その手は横から伸びてきた手によって私へと当てられることはなかった。
「やめなさいよ、恥ずかさん」
そう制止の声をかけたのは、いつの間にか私の後ろに立っていた木手君だった。
そう言って、監督の手を止めていた手を離し右手で左側のフレームを上げた木手君は私へと視線を落とした。
「やってくれましたねぇ、五十嵐さん」
「っ……」
呆れるでもなく、溜息をつくでもなく、ただ淡々とそう言った木手君に言葉を詰まらせ顔を伏せてしまう。
「甲斐君、保健室に行ってきなさいよ。それでは練習になりません」
「お、おぅ……」
「あぁ、五十嵐さんも一緒に連れてってくれませんかね、邪魔なんですよ」
そう甲斐君へと声をかけ踵を返した木手君に、余計なことをしてしまったかな…、と今更になって冷静ななった頭で小さく溜息を吐きだした。
手は出さないように気を付けてたつもりだったんだけど……取りあえず、ひたすらにこちらを睨みつけてくる監督の視線を総無視して伏せていた顔を上げ甲斐君を振り返る。
「甲斐君……」
「永四郎わじっちょるさぁ……。ん?どうした?」
皆の元へと向かった木手君に、溜息をつきながらそう零していた甲斐君は声をかけた私に、こちらへと視線を戻した。
「知念君、呼んできて……」
「寛君を?いちゃし(どうしてだ)?」
何故か私の口から出てきた知念君の名前に、小首を傾げた甲斐君は、それでも返事を返さない私を困ったように見ると仕方なさそうに知念君の方へ歩きだす。

『おーい、寛君や―もくーさぁ!』
『ぁい?わんも?いちゃし?』
『ゆたさんばぁ、へーく!』

少し離れた場所でやり取りされるその会話に、知念君の手を無理やり引いてこちらへと戻ってきた甲斐君に、そんな二人を連れて私はその場を後にした。

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