彼と私の航海日誌

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「あ、見えてきましたよー」
キコキコと、少し油の切れた自転車の音にマルコさんの後ろに跨っていれば潮の匂いが風に乗って鼻をくすぐった。
遠くに見えてきた海にそう言って自転車を漕ぐマルコさんの肩を叩いた。
「結構広いねぇ…」
平然とした表情で坂を上り切ったマルコさんは目の前に広がった海に、近場に自転車を止めると水平線へと視線を向けた。
ホレ、と差し出された手にマルコさんの手を借りて自転車の荷台から降りた私はそんなマルコさんにお礼をいって海辺へと続く階段を下り始めた。
トントントン、と軽い足取りで砂浜へと降り立てば、そんな私に続くように砂浜へと降りてきたマルコさんは胸いっぱいに海の匂いを吸い込むと小さくその顔に笑みを浮かべた。
愛しむようなその視線にマルコさんを見て、海へと視線を向ける。
寄せては返す波打ち際に浜辺に近づき足首まで浸かってみる。
今の季節にはちょうど良い海水の冷たさに小さく笑みを零し少し離れた場所に立つマルコさんを振り返った。
「マルコさーん、きてきて!気持ち良い!」
そう言ってマルコさんを手招きすれば、彼は苦笑しながら私の元へとやってきた。
同じように足首まで海水につかったマルコさんに私はそのまま波打ち際を歩き出す。
「天気良くて良かったですねー」
「そうだねぃ」
私の後ろをついてくるマルコさんに足元の砂を蹴りながら雲一つない空を見上げる。
強い日差しがちょっと暑いくらいだ。
海水の温度にも慣れてしまった足に今度はもう少し奥まで行ってみる。
「あんまり深くまで行くと危ねぇよぃ」
ふくらはぎまで水に浸かった私に眉をひそめたそう言ったマルコさん。
そんなマルコさんを振り返って手を差し伸べた。
「ほら!気持ち良いですよー!マルコさんもどうですか?」
そう言って手を伸ばす私にマルコさんはどこか困ったように笑みを浮かべると首を横に振った。
「俺は良いよぃ。流されねぇように気ぃつけろよぃ」
そう言ってどこか心配そうに私を見やるマルコさんに私は小さく忍び笑いを零すともう少し深くまで足を進めた。
「だいじょーぶ!私泳ぎは得意なんですよー?それにこんな浅瀬じゃ溺れませんよ」
膝まで海に浸かってそんなマルコさんを振り返れば、そう言った私にマルコさんの眉間に皺が増えた。
何をそんなに気難しそうな顔をしているんだろう…?
でも折角海に来たのにマルコさんの機嫌が悪いのは嫌なのでマルコさんの元へと歩き出す。
「マルコさーん……?どうしたんで…ウワッ?!」
マルコさんの所まであと少しと言うところで押し寄せた波に足元をすくわれた。
そのまま後ろにバランスを崩した私はなんとか体勢を立て直そうと手を上へと上げたけれど掴んだのはただの空気でそのまま空を仰ぎ見る形となってしまった。
(倒れるっ!!)

「渚っ!!」

宙をかいた手は伸びてきたマルコさんの手によって掴まれ無事前へと引き戻された。
バシャンッ、と上がった水しぶきにマルコさんの腕の中に倒れ込んだ私は小さく安堵の溜息を吐きだすと海水に尻餅をついたマルコさんを見やる。
「す、すいません」
「あ、あぁ……。無事、かぃ……?」
そう言って小さく息をはいたマルコさんはのろのろと海辺から立ち上がると私へと手を差し出してくれまた。
その手を取って立ち上がりマルコさんを見やれば私を助けてくれたマルコさんのズボンはびしょ濡れだった……。
「ご、ごめんなさい……」
「だから気ぃつけろって言っただろぃ……。流されても、助けてやれねぇんだからねぃ……」
申し訳ないことをしてしまった、と謝った私に、どこか困ったようにそう言ったマルコさんは濡れたズボンを搾ると私の手を引いて砂浜へと歩き出した。

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