灰色世界

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4区へ行くべく20区の駅までやってきた私は今、時刻表の前でう〜む、と声を漏らしていた。
ちょうど電車が出たばかりで、次が来るまで15分もあるのだ。
何処かで時間を潰せる程でもないし、仕方ないから飲みものでも買って時間を潰そうかな、と自販機へと向かおうとした私はちょっと良いか?とかけられた声とポン、と叩かれた肩にハイ?と後ろを振り返り、声をかけた人物を見てビタリ、とその動きを止めていた。
「きゅ、急にすまない。その……この間此処の駅前でぶつかった者だが……」
そう、至極申し訳なさそうに声をかけてきた人物に、背中をダラダラと冷や汗が流れる。
何故此処に居る 亜 門 鋼 太 郎……!!!
何故(なにゆえ)私に声をかけてきたのかは分からないが二度目の白鳩との遭遇に、警鐘が頭の中で鳴り響く。
一刻も早く此処から立ち去らねば……!!!
もうきっと『鬼面』のことなど忘れているのだろうけれど………だって私今錦君の『マスク』持ってんだよ?!!メッチャヤバい状況じゃねぇか……!!!
「その、覚えていないだろうか……?」
「え?!あぁ、いやっ!!お兄さんみたいな長身の人、なかなかいないんで覚えてますよ!」
どうしようどうしよう!!と内心焦っていれば再びかけられた声に慌ててそう返せばそうか、ならば良かった。とホッとしたように笑った顔があまりにも可愛くてちょっとキュンとしてしまった自分を殴り飛ばしたい。
ときめいてる場合でも呑気に言葉交わしてる場合でも無いだろ自分……!!!
いやまず挙動不審になるな!!焦れば焦るほどボロが出るぞ、なんたって顔に出やすいからね、私……!!!
ひとまず深呼吸をして、それからゆっくりこの場を立ち去ろう、と思っていればあぁ、と声を漏らした亜門さんが申し訳なさそうに頭をかいた。
「そう言えば、まだ名前を名乗っていなかったなすまない。俺は亜門鋼太郎だ、この間は本当にすまなかった。怪我はなかったか?」
「あぁご丁寧にどうもありがとうございます。私神崎久遠と申します。この間はこちらこそすいませんでした」
そう言ってペコリと下げられた頭につられるようにして頭を下げ、名前を名乗ったところでハッとする
何も本名名乗らなくても良かったんじゃないか……?
それこそリスクが増した気がしたけれどもう口から出てしまったんだから仕方ない、と気を取り直して下げていた頭を上げそんな亜門さんを仰ぎ見る。
「わざわざ、この間の事を気にして声をかけてくれたんですか?」
なんとまぁ律儀な人、とか思っていればあぁ、いや…と小さく声を漏らした亜門さんがゴソゴソとポケットを漁ると何かを取り出し、ソレを私へと差し出した。
「どうやらこの間ぶつかった拍子に落ちたみたいでな。コレは、君のだろう……?」
「あ、ブサネコ……」
そう言って差し出されたキーホルダーに、亜門さんの大きな手の平に乗る小さな猫のキャラクターへと視線を落とす。
知らない間に無くなっていたカバンのキーホルダーに、まさかソレをこの人が拾っていようとは……
「わ、わざわざありがとうございます」
「いや、大切なものだったら大変だと思ってな。君を見つけられて良かった」
そう言ってふと、その顔に笑みを浮かべた亜門さんに、自分の元へと戻ってきたその不細工な猫のキーホルダーへと視線を落とす。
ある一種のネタとして買ったようなものだから、たいして無くしても困らなかったその猫に、この人ホント律儀だな…と心底感心してしまう。
たかが何処にでも売っているキーホルダーなのに……
ってかね、コレそのうち『真戸暁』さんに買うことになってるんですよ、亜門さん……なんて、流石に言えないよな。
「その、それで今少し、時間を良いだろうか?」
「え……?じか…、あぁっ!!電車!!す、すいません私これからちょっと用事があって!ホントありがとうございました!」
亜門さんのその言葉に時計を見ればもう電車が来るまで5分も無くて、手にしていたキーホルダーをポケットへと突っ込んだ私はそんな亜門さんへと頭を下げると改札口へと駆けだしたのだった。

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